第19章 〖誕生記念〗焦がれし天色、愛しい君へ《後編》/ 徳川家康
「すみません、この前までここに反物の店がありませんでしたか?」
髪に粉雪を纏わせながら、市に到着する。
凍えるような寒さの中…
俺は切れた息を整えながら、店仕舞いを始めている露店の男に声をかけた。
すると、その男は唇から寒そうに息を吐きながら、不思議そうに目を瞬きさせる。
「蒼生(あおい)の客か?」
「あおい…?」
「反物屋の名前だよ。蒼生は早々店仕舞いして、長屋に戻ったぞ。女の子連れて」
「女の子って…どんな子ですか?」
「小柄な可愛らしい子だったよ。まぁ、蒼生はよく女を引っ掛けては長屋に連れ込んでるからな、今はお楽しみの最中なんじゃないか?」
そう言って、にやにやと笑う男。
俺は反対に真っ青になって、口元を手で押さえた。
(美依、まさか……!)
長屋に連れ込まれて、そのままあの男に…
最悪な想像が頭を駆け巡って、カッと血が登る。
俺はぐっと唇を噛むと、衝動のままにやにや笑う男の胸ぐらを掴んだ。
そして…
自分の声ではないような、冷ややかな声色で、男に問う。
「……長屋の場所は?」
「ひっ……!」
「隠し立てするようなら…」
「…っそこの裏に入った、路地の所です!」
俺の殺気が伝わったのか、男は長屋の場所をあっさり吐いた。
震える手で市の裏路地を指差すので…
俺は手を離し『ありがと』と礼を言って、すぐさま駆け出した。
反物屋、蒼生。
女を引っ掛けて長屋に連れ込む…下衆。
他の土地から来た、ならず者か。
『新しい着物の仕立て方』だって…
あの見た目に騙された女を、連れ込むための口説き文句に違いない。
(美依っ…無事でいて)
教わった通り薄暗い裏路地へ入り、そこに立っている平屋を、端から順番に気配を探っていく。
もし美依が襲われているとしたなら…
何か音なり声なりする筈だと。
そう思って聞き耳を立てていると…
「やっ…助けて、家康っっ……!!」
(……!!)
ある家の中から、確かに。
『助けて、家康』と…
聞き慣れた女の子の叫び声が聞こえてきた。