第19章 〖誕生記念〗焦がれし天色、愛しい君へ《後編》/ 徳川家康
「秀吉さん」
「家康、どうしたんだ?美依の部屋の前で」
「美依、どこに行ったか知りません?」
「美依、市に買い物に行ったぞ」
「え…市に?」
秀吉さんの言葉を聞き、嫌な汗が背中を流れる。
まさか、あの反物屋に?
俺があの芥子色の反物を見ていた時、興味深々に手元を覗き込んでいたあの子を思い出して…
俺は秀吉さんに、もっと何か知らないかと再度問いかけた。
「美依、市のどこに行くって行ってました?」
「さぁ、そこまでは…ああ、でも確か」
「確か?」
秀吉さんが教えてくれた事。
それは、俺の不安を煽り…
全て心の中で確信づけるものだった。
「家康の誕生日までに間に合わせないとって言ってたな…お前への贈り物でも買いに行ったんじゃないか?良かったな、家康」
頭の中で美依との会話が蘇る。
俺の手元を見て、探りを入れてたあの子。
『家康、それ気に入ったの?』
『まぁ、それなりに』
────間違いない、あの子は
あの反物を買いに行ったんだ……!
「……っ全然良くないですよ!」
「おい、家康?おーい……」
秀吉さんをその場に残し、俺は急いで駆け出した。
『おい、廊下は走るな!』と、お小言が後ろから聞こえた気がしたが、それを無視して全力疾走。
城を出て、そのまま市に向かった。
美依の無防備さは天下一品。
気をつけろと言ったって、それは無駄なのだと。
一番見ている俺が、一番解っていた筈なのに。
はっきり言ったとこで納得したかは別だが。
『あいつは狙ってるから気をつけろ』だなんて。
美依にとっては無意味な助言だ。
だから、周りが気をつけてやらねばと…
それも、一番解っていた筈だ。
(美依、何も無ければいいけど…)
そんな一抹の不安を抱えたまま、市に赴く。
いつしか、鉛色の空からは、白い粉雪が降り始めていた。
芽吹くには、まだ寒い。
それを俺に知らしめているようで…
まだ見ぬ春の温かさを焦がれる、花の芽のようだと、俺は酷くそれを実感して胸が痛かったのだ。
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