第18章 〖誕生記念〗焦がれし天色、愛しい君へ《前編》/ 徳川家康
(へえ…綺麗な布だな)
美依が立ち寄ったのは、反物屋だった。
色とりどりに織り込まれた反物が、店先に並べられ…
美依は腰を折ってそれを見ながら、わくわくしたような声を上げた。
「すごい、この辺じゃ見ない柄ばかり!」
「気に入った?あんた、見る目があるな」
「気に入りました、ゆっくり見てもいいですか?」
「おう、ゆっくり見ていってくれ」
店主と言葉を交わすと、美依は端から一つ一つ手に取り、品定めするように反物を見始める。
さすが美依。
着物を作るだけあって、こーゆー物には興味深々って顔だ。
俺もさーっと並べられている反物に目を配らせ…
ある芥子色の反物を手に取ると、それを軽く広げた。
菊の模様が描かれているそれは、今持ってる晴れ着の柄によく似ていた。
しかし、落ち着いた芥子色で、晴れ着にするような華やかさはないものの…
美依が普段に着る小袖などを作って着たら、きっとすごく可愛い...そんな風に思った。
「家康、それ気に入ったの?」
と、他を見ていた美依が、いつの間にか俺の手元を覗き込んでいる。
俺は何となく恥ずかしくなって…
その反物を元に戻しながら、ぶっきらぼうに返事をした。
「まぁ、それなりに」
「家康の晴れ着と柄が少し似ているね」
「うん…まぁ…ね」
「そんなくすんだ色より、あんたにはこっちの方がいいんじゃないか?赤とか桃色とか」
すると、いきなり店の店主が会話に横槍を入れてきた。
そして、美依の側に来ると、肩に広げた反物を掛けてみせる。
なんだろう、この馴れ馴れしい感じ。
そう思っていると、店主は明らかに営業文句ではない、私情を挟んだ言葉を続けてくる。
「ほら、顔移りもいい。俺はこっちのが好み」
「あはは、本当ですか?」
「うん、可愛い可愛い。仕立てたらきっと似合う」
「うーん、どうしようかな」
(……なんだ、この店主)
やけに美依に距離が近いような。
無動作に下ろした黒い髪に、切れ長の黒の瞳。
それなりに男前の…若い男の店主。
『好み』だの『可愛い』だの。
それは本当に布を売るための言葉なのだろうか?