第18章 〖誕生記念〗焦がれし天色、愛しい君へ《前編》/ 徳川家康
「家康、欲しいものないの?ほら、羽織とかほつれたりしてない?寒いから襟巻きが欲しいとかさ」
「……美依、が欲しい」
「え、なんて言ったの?」
「聞こえなかったなら、もう言わない」
「いたっ」
俺が美依の鼻をぴんと指で弾くと、美依は鼻を手で押さえて恨めしそうに睨んできた。
はっきり大きな声でなんて言える訳がない。
あんたも俺と同じ気持ちでなければ…
『欲しい』と伝えたとこで叶う筈がない。
だが、美依は若干不満だったようだ。
ぱんぱんに頬を膨らませ、怒ったような顔になる。
「……何、その顔」
「家康のケチ!教えてよ!」
「聞いてない方が悪いんでしょ」
「声が小さくて聞こえなかったんだもん!」
「じゃ、だめ」
「家康のケチっ!」
「駄々っ子美依、置いてくよ?」
再度歩き出すと、美依も歩き出しながら、まだ怒ったように唇を尖らした。
そんな顔も可愛い、全部が全部可愛い。
やっぱり…重症だな、これは。
ごめん、と言って手を握ってみるか?
そして、そのまま手を引いて歩くとか…
(いやいや、手を繋ぐのは恋仲にならないと)
自分の考えが色んな方向に行って、頭が痛い。
こんな風に悩んでいる事…
本当に美依には解らないんだろうな。
そんな事を思いながらも、自然に手が伸びる。
そのままさり気なく繋いでしまえば。
そう思って、伸ばした指が微かに美依の指先に触れた時。
「あっ!家康、あそこ見ていい?」
美依が急に笑顔になって、少し先の露店を指差した。
その指差した手は、今繋ごうとしていた手。
当然ながら、俺の手は寂しく取り残されてしまった。
今まで怒ってたくせに…
ころころ変わる表情とか、本当に本当に。
(やっぱり可愛くて……参る)
「うん、いいよ」
そう答えると、美依は小走りで先にその露店へと向かった。
振り回されてるな、俺。
美依の後を追いながら、小さく苦笑した。
いつか、この手で捕まえられたら…
小さな身体も、心もね。
そう思って、取り残された手を握る。
ざわざわとした雑踏の中で…
何故か美依だけ色鮮やかに見えたのは内緒だ。