第18章 〖誕生記念〗焦がれし天色、愛しい君へ《前編》/ 徳川家康
「家康様、美依様がお見えになりました」
と、その時襖の向こうから声が掛かった。
『美依』と言う名前を聞くだけで、過敏に反応し、心臓が高鳴る。
なんて言うか…
もう、色々重症なのかもしれない。
「解った、すぐ行く」
俺はあくまでも冷静に答え、軽く身なりを整えて玄関に向かった。
向かう足が早足になったのは、もう言うまでもない。
こんなに恋焦がれて…
俺らしくないと思いつつも。
あの子を考えるだけで、酷く幸せになる。
そんな自分が嫌じゃないと思えるあたり、美依の不思議な力の虜になったのだと、改めて自覚したのだった。
*****
「え…俺の欲しいもの?」
今日も市は活気に溢れていた。
信長様が行った楽市楽座のおかげで、規制が緩和され、本当に商売などが自由に行われていて…
この市には他国からも自由に商いに来る。
だから、物珍しい物まで露店に並べられ、本当に見ていて飽きると言うことが無い。
美依もそれは同じなのか、瞳をくるくるさせて色んなものを見ていたけど…
ふと隣にいる俺を見上げ、笑顔で問いかけてきた。
「うん、欲しいものない?」
「いきなり言われても……」
立ち止まり、美依を見ながら眉をひそめる。
俺の欲しいもの、それは『強さ』だ。
虐げられた人質時代、もう誰にも負けないと決めたのはその頃だ。
踏みにじられないように、力が欲しい。
それはいつでも心にある。
ただ──……
今美依が言う『欲しい物』は、それを答えたところで美依を困らせるだけだ。
美依が言っているのは『物』の事。
多分…俺の誕生日に絡んでいるのかな、と察しはつくのだけど。
(目をきらきらさせて…可愛い)
下から見上げてくる美依は、馬鹿みたいに可愛い。
きっと俺が欲しいといったものを、頑張って用意するのだろう。
それはとても嬉しいけれど…
俺が『強さ』や『力』以外に欲しいものって言ったら。
────美依、あんたなんだけどね?