第2章 〖誕生記念〗揺れる桔梗と初染秋桜《前編》/ 明智光秀
────その後、美依と別れ、どうしたかと言うと
俺はすぐさま、家臣の九兵衛に『紀伊國屋静馬』の身辺を調査させた。
豪商の息子と言う話だから、その仕事の内容や評判。
本人の性格や生い立ち、友人関係。
それから、血縁関係に犯罪者はいないか、など。
美依をくれてやるのだから、当然の事だ。
そんな風に思っていたのだけど……
俺は、ただそいつがどんな奴か、知りたかっただけかもしれない。
美依を笑顔にする男。
あんな愛らしい表情にさせる、その男を。
────もう『説明出来ない感情』には蓋をして
もやもやと湧き上がる、煮え切らない思い。
美依が誰かを想って笑うのが、気に食わないとか。
そんな黒い感情は、見て見ぬふりをした。
心は確かに軋む音がした。
何故か、軋んで痛いとすら思った。
だがそれは、説明出来ない以上、どうしようもない。
自分ですら……手に追えないのだから。
『美依を応援すると決めた自分』
『それをどこか気に食わないと思う自分』
そんな、相反する感情を抱えたまま、男の身辺調査をしていくうちに……
俺はある、信じられない『現実』に辿り着く。
それは一体、何の因果か知らないが……
自分の中では『追い風』で、
美依にとっては『逆風』になる。
そんな一つの『現実』に……
回り出した歯車は、さらに加速して俺と美依を巻き込み、回っていくのだ。
*****
「人身、売買……?」
夕暮れの、安土城城門。
美依が信じられない、と言った様子でぽつりと呟く。
俺は険しい表情で美依を見つめながら……
九兵衛が調べてきた『紀伊國屋静馬』について、憤りで頭がいっぱいだった。
静馬の家は、織物を一手に引き受ける豪商で。
南蛮との貿易にも通ずる大商人が、静馬の父親だ。
父親は立派な商人、では息子はどうかと言うと。
父親の名を借り、見目麗しい女を外国へ売り飛ばす。
そして多額の金を手に入れる…その人身売買の頭をしているのが、静馬。
そして、父親はそんな息子に目を瞑っている状態。
その金を使って、静馬は豪遊しているようだと、九兵衛は調べあげてきた。