第2章 〖誕生記念〗揺れる桔梗と初染秋桜《前編》/ 明智光秀
(美依……)
そう話す美依は、恋する一人の乙女だった。
愛しい男を想い、幸せそうに笑む。
そんな顔をさせているのは、あの静馬という男。
あいつが美依を、こんな愛らしい表情にさせているのか。
────……ズキンっ
その時。
自分の心のどこかが軋んだ音がした。
そして途端に広がる、もやもやとした感情。
まるで心の中を、暗雲が立ち込めるように……
煮え切らない感情が、支配し始めるのが解った。
(……っっ)
いきなり湧き上がったものに、若干戸惑いを覚える。
しかし、それは目の前の美依には関係ないことだ。
その男の話をする、美依が可愛くて。
それが、どこか気に食わないと思うなんて……
そんな自分でもよく解らない感情は、説明しようと思っても、出来はしない。
────それに、どちらかと言うと
そんなにまで、その男が好きならば。
応援してやれば、きっと美依は喜ぶ。
誰にも言えない苦しさもあっただろう。
だから、せめて知ってしまった俺くらいは、見守ってやらねば。
そんな思いも、同時にストンと心に落ちてきて……
俺は『説明出来ない感情』はとりあえず無視し、美依の肩に優しく手を置いて言った。
「頑張れ、美依。応援してやる」
「光秀さん……」
「誰にも言わないから、安心しろ。好きなんだろう?その男が。なら…自分の気持ちに素直でいればいい」
「……っ、ありがとうございます!」
すると、美依は本当に嬉しそうに微笑み、頭を下げた。
こんなに喜ぶなら応援してやろう、美依の恋路を。
相手はまぁ、そこそこに良い男のようだが。
ただ……少しだけ調べる必要はあるか。
そんな風に思えた自分に、若干苦笑する。
だって、豪商の息子とは言えど、どんな男か見極めなくては、美依を安心して預けることは出来ない。
俺がしっかりと品定めをして……
美依をくれてやるのに相応しい男か判断してやる。
(やれやれ、俺も美依に振り回されている一人か)
秀吉や政宗ばかりを悪くは言えないな。
そう思って、少しばかり自分に呆れてしまった。