第2章 〖誕生記念〗揺れる桔梗と初染秋桜《前編》/ 明智光秀
「光秀さん、偶然ですね……」
「少し用事があって市にな。誰なんだ、あの男」
「……紀伊國屋、静馬さんと言います」
「……お前の、恋仲の男か?」
「……はい………」
すると、美依は小さな声でぽつりぽつりと話し出した。
紀伊國屋静馬、豪商の一人息子で。
以前、仕事を依頼され、それがきっかけで仲良くなり、向こうから好きだと告白され……
今は誰にも内緒で、付き合っていると。
この前、俺とすれ違った時も、男と逢瀬をする約束をしていたんだそうだ。
だから、あんなにめかし込んでいたのか……
俺はその理由にやたら納得し、小さく溜め息をついた。
「内緒という事は、城の連中は誰も知らないのだな?」
「はい、話してませんから……」
「どうして隠す、何か理由があるのか」
「なんとなく話しにくくて…だって彼にもお城にいる事は話してないから、もし武将のみんなと彼に何かあったら大変だし……」
「……まぁ、それは一理あるな」
美依に恋仲の男が居ると知れば。
秀吉あたりは、それはどんな男だと確かめに行くだろう。
政宗あたりは、俺の美依だと言いながら、屋敷に乗り込んだりするかもしれない。
美依の可愛がられようは半端ないからな。
それがありありと想像出来て、頭が痛い。
でも美依は、巻き込みたくないと──……
その男を思って、秘密にしていると言うなら。
よっぽど、その男の事が好きなのだろう。
「……好きなのか、美依」
「え?」
「静馬と言う男だ、そんなに好きなのか」
「は、はい……」
すると、美依はふにゃりと笑った。
頬を少し赤く染め、本当に幸せそうに。
────それはまるで、野に咲く秋桜のようだ
「私、男の人と付き合うの初めてなんですけど、本当に彼は優しくて、私を大切に思ってくれて……」
「……」
「針子としての仕事も認めてくれて、私の作ったものを、すごく嬉しそうに褒めてくれたんです」
そして、美依は男を思い出すかのように目を細め…
少し照れくさそうに、はにかんだ。
「本当に本当に、彼の事が、だいすきなんです……」