第2章 〖誕生記念〗揺れる桔梗と初染秋桜《前編》/ 明智光秀
(あれは……美依?)
それから、数日後。
ちょっとした私用で市へ赴いた俺は、いつも見る姿を遠目に発見し、思わず足を止めた。
鮮やかな浅葱色の着物を着た美依。
髪は綺麗に結い上げられ、華奢な造りの簪を挿して。
綺麗に化粧もして、可憐な花のように笑っている。
そして、笑いかけられているのは……
背の高い、見たこともないような若い男。
濃い灰がかった上質な着物に、髪は綺麗に整えられ、いかにも裕福な家の息子といった風体で。
ぱっと見の印象は、信長様と政宗を足して割ったような。
整った顔立ちながらも、若干野性味も感じられるような、所謂『男前』と言ったところだろうか。
(……見た事がないな、誰なんだ?)
必死に頭を捻るも、誰だか検討がつかない。
しかし、仲睦まじく肩を寄せ合い、笑い合う二人を見ていると……
それはもう、恋仲同士にしか見えないわけで。
美依があんな風に着飾り、会っているという事は、すなわちそういう事なのではないだろうか。
───美依に恋仲の男が居るなど、聞いてないぞ?
そんな事を思っている間に、二人はだんだんこちらに向かって歩いてくる。
隠れるのも変なので、そのまま立っていると……
やがて、美依がこちらに気が付き、立ち止まって丸っこい目をさらに大きく見開いた。
「光秀、さんっ……!」
驚いたように、俺の名前を呼ぶ美依。
見られてはいけないものを、見られてしまった。
美依からは、そんな様子がありありと伺う事が出来た。
明らかに挙動不審である。
そんな様子を、一緒に居る男は察したのか……
不思議そうに首を傾げて、美依を見下ろした。
「美依さん、どちら様?」
「静馬さん、そのっ…お世話になっている方で」
「ああ、針子をしている城での?」
「はい、そのっ…少しお話をしてくるので、先に甘味屋に行っていてもらえませんか?」
「うん、いいよ」
男は柔らかく微笑むと、美依の頭を撫で。
こちらに一礼して、去っていった。
まるで秀吉みたいな男だな。
美依と二人取り残され、そんな事を思っていると…
美依は少し視線を下げながら、気まずそうに口を開いた。