第2章 〖誕生記念〗揺れる桔梗と初染秋桜《前編》/ 明智光秀
────まぁ、別に気にする必要も無いな
俺はそう思い直して、視線を外した。
美依だって年頃の娘だ、洒落た格好をして出掛けたい時もあるだろう。
俺が気に止める事でも無い。
俺は今日も公務に追われ、小娘に構う暇はない。
それに、今時期はもっと頭を抱える問題もあるし。
そんな風に思っていると、その考えを見透かしたように……
秀吉がにやりと笑い、俺に問いかけてきた。
「そーいや光秀、誕生日に何が欲しいか決まったか?」
「何度も言うが、特に欲しいものなどはない」
「本当に祝い甲斐がないよな、お前。少しは嬉しそうな顔をしろ、せめて祝いの品くらいは考えとけ」
「解った解った、考えておくから、もう行くぞ」
秀吉の言葉を振り切り、城内へと足を進める。
すると、秀吉も俺を追い掛けるように、後ろから歩いてきて……
俺は思わず、小さく溜め息をついた。
十月四日。
もうじき、俺の幾度目かの生まれた日がやってくる。
毎年毎年、喜びもしない俺の為に、秀吉らは祝いの宴やら祝いの品やらを用意してくれるが……
正直、あまり居心地は良くない。
元々、俺は物事の中心に立つ人間ではないからな。
それでも、今年は美依が居るから。
もしかしたら、少し違うのではないか、とも思う。
何が違うかは解らないが──……
あの小娘も、俺のために祝ってくれるのだとしたら。
それは、少し嬉しいかもしれない。
何故、そんな風に思うのかは解らないけれど。
『お誕生日おめでとうございます、光秀さん』
そうやって、微笑む美依は見てみたい気がする。
そんな事を思い、俺はふっと口元を緩めた。
────今、考えてみれば
女が『洒落た格好をして出掛ける』と言った意味を、もう少し深く考えるべきだったのかもしれない。
それは、綺麗に見せたい相手がいるからで。
だから、女はめかし込むのだろう?
その時点で、すでに運命の歯車が回りだしていたことに……
俺は気づく事もなく、ただ見逃していた。
美依がこれから巻き込まれる、一波乱の『合図』を。
そんな事を知る由もなく……
俺はただ秀吉の小言に、頭が痛いだけだったのだ。
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