第1章 1
「俺様の姿でも追ってたか? 只じゃねえぞ」
跡部先輩の言葉ははっきりしていて、それだけに時々ひどく残酷になる。
先輩自身が知らなくても、きっと先輩は勘がいいから脳の深いところではなにかしら気付いていて、それを無意識に口に出しているんじゃないか、そう思うような台詞。
そういう言葉は、知っていて触れられない人間の傷をえぐる。そして言葉を向けられた当人に、新たに大きな傷を作る。
……俺は前者で、吉村先輩は後者だ。
俺は知っている。どれだけ吉村先輩が跡部先輩のことを見ていたか、そして見ているだけしかできないことをどれだけ恥じ、恥じてしまう自分自身にどれだけ苦しんでいたのか。
変わることを望みながら変わることをあきらめ、あきらめてしまう自分自身すら変えられないと嘆く自分を誰からも隠して、今までどれだけの時間たった一人で嘆き続けていたのか。
ほんの一部だとしても知っている。
そして、言えない。何も。
言えないからこそ、言えなかったからこそ、俺は跡部先輩の言葉にひどく傷ついた。そして傷ついた自分に、少なくとも傷つくことのできた自分にかすかに満足感を覚えた。
吉村先輩のことをそれだけ理解できているということに、吉村先輩とよく似た傷を負うことができたと言う感覚に。
吉村先輩は泣いていたから。
そして俺は、その涙を見て、先輩の傷を見透かしてしまったから。
こんな俺は嫌いだ。
跡部先輩は、泣く吉村先輩を見て露骨にいやそうな顔をして、何も言わずに去っていった。
俺はとにかく泣く先輩をもう誰にも見せたくなくて、とにかく抱きしめた。独占欲を満たそうと、それだけのために。
この愚かで弱いひとを好きになった俺の、望みを満たそうと、ただそれだけのために。
* * *