第41章 奇行種の瞳が映したモノ
「なに…?いったい何がよかったの…?」
こんな状態でよかったなんて筈などない。
クレアはアンドレの言ってる事が分からなかったが、短い呼吸で消え入る様な声でアンドレは続けた。
「クレアさんと…約束…したから……」
「え……?」
「……助からないと判断した時は……安らかに逝かせてくれる…って…」
「……っ!!?」
確かに、確かにそんな話をしたのは私だ。
でも、クレアはまだその“判断”をしていない。
急にそんな事を言われても、言われるがままにソレを使うのは無理だ。
それにクレアはフレイアにリリアンを失ったばかり。これ以上自分を慕ってくれる人間と別れる事などできなかった。
「そ、そんな…こと……」
しかし、アンドレは本気だった。
「…そんな顔…しないで下さい…よ…言ったじゃないですか…死ぬときまで…痛いのはゴメンだって…」
息を上げながらも少し困った様に微笑むアンドレ。
「それは…言ってたけど…」
もう、クレアの頭と心は何が正しいのか判断できる状態ではなかった。
「だから…お願いです…死ぬ前にワガママ1つくらい…許して下さい…」
「……アンドレ……」
そう言うと、アンドレは腕を上げて震える指でクレアの左胸を指さす。
「…あ……」
どうやらアンドレはジャケットの内ポケットにしまっているのを知っていたようだ。
それでも、クレアは処置を施す事ができなかった。
しかし戸惑い茫然としていると、一連の会話を聞いていたであろう医師がやってきて、クレアの肩を叩いた。
「先生…?」
振り返ったクレアに、医師は目を瞑り首を左右に振る。もうアンドレは“助からない”のだろう。
「…そんな…」
医師がそう判断したのなら、もうクレアはアンドレの要望を受け入れるしかない。
クレアはグッと奥歯を噛みしめると左胸の内ポケットから薬瓶を取り出した。
これはある一定量以上を注射で投与すれば、二度と目覚めることのない安楽死用の高濃度麻酔薬だ。