第40章 エルヴィン・スミスの表と裏
「あ、あの……」
「…い…いや、すまない。なんでもないんだ。呼び止めて悪かったね。おやすみ、いい夢を…」
エルヴィンはクレアの長い髪の毛の毛先を少し取ると、そっと口付けを落とす。
そして、クレアに背中を向けて行ってしまった。
クレアはもうエルヴィンにかける言葉が見つからず、ただ背中が小さくなるまで見つめる事しかできなかった。
拗らせ鈍感奇行種のクレアには、きっとエルヴィンの葛藤も、髪の毛に落とされた口付けの意味もわかってはいないのだろう。
「…………………」
そっと扉をあけてベッドにもぐりこむと、さすがに働き過ぎた身体はすぐに睡眠を求めて眠たくなってきた。
クレアが意識を手放す瞬間まで考えていた事。
それはエルヴィンの表と裏。
いつも兵士達には爽やかな笑顔で接し、時には厳しく指導をしているが、それは数あるエルヴィンの顔の中のほんの一部分だった。
調査兵団という厳しい立ち場の団長としての責任。
それを全うするには裏の顔の存在が不可欠だった。よくよく考えれば上に立つ人間ならば当たり前なのかもしれない。
でも、クレアにはそれが、あまりにも多すぎて、大きすぎて、重すぎるモノに感じてしまったのだ。
自分がリヴァイと結ばれて幸せだと思えた様に、エルヴィンにも全てを理解してくれる、そんな存在の女性が現れて欲しい…
そう願わずにはいられず、クレアは一筋の涙を流した。
でもエルヴィンの裏の姿を知ってしまった以上クレアは、自分にできる事を精一杯やろうと考える。そのためにはこんな暗い顔をしていてはいけない。エルヴィンがおいしい紅茶をと言うのであれば笑顔で淹れてあげたい。
明日は必ず笑顔で挨拶をしよう…
そう心に思いながら意識を手放した。
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「はぁ……」
自室につくなりベッドに倒れ込んだエルヴィン。
自分の気持ちにはきちんとケリをつけた筈なのに、いざクレアの破壊力満点の姿を目の当たりにすると、胸の奥を大きく揺さぶられてしまう。
それと同時に自分の中の黒くて汚い部分が“欲しいなら奪え”と耳障りな程に妖しく誘惑をする。
現に、別れ際で我慢ができなくなり衝動的にクレアの髪にキスをしてしまった。