第38章 “キミ”という存在
「そうか……そしたら今日は少し長めに俺と一緒にいてもらいたいんだが、いいか?」
「えぇ、もちろんよ。」
指名をされることのなくなったタリアに断る理由など無かった。
「それじゃあ、着替えてくるから待っていて。」
「タリア、待ってくれ。」
「え?」
モブリットはベッドサイドに腰掛けると、横をポンと叩き、隣り座るように促した。
タリアは促されるまま隣に座ると、モブリットは優しい笑顔で喋りだす。
「なぁタリア、君の話を聞かせてくれないか?」
「え?私の?」
「あぁ、そうだ。君の話だ。俺は君によって大きく救われた。でもよく考えたら俺は君のことを名前と愛用している香りくらいしか知らない。少しでもいい、君のことを教えてくれないか?」
「べ、別に構わないけど……私の話なんて何も面白くないわよ?」
今まではタリアをハンジの代わりの様に抱いて、男の生理を発散させてきたつもりだったが、先程タリアは自分の事を1人の男としてその身を案じてくれていた。
何故だかそれが無性にモブリットの胸の中をざわつかせた。
それと、同時に思ったのは、只の客である自分の身を案じて貰っていたにも関わらず、自分はタリアの事を何も知らないと言うことだった。
この気持ちがなんなのかは分からないが、タリアとの時間を長く買えるのなら、じっくりと語り合ってからでもいいのではないかと考えたのだ。
「あぁ、別に面白くなくていい。ただ、君のことが知りたい。」
そう言うと、タリアは少し微笑みながら自身の事を話し始めた。
貧乏な家の生まれで、幼い頃に口減らしで売られる様にこの娼館へやってきたこと。
ここでは仕立ての技術を叩き込まれ、昼は仕立ての仕事、夜は娼婦としての仕事をしてきた事、そして年齢が上がるにつれて店の主のサポートをする様な仕事に変わってきた事など、タリアは自身の生い立ちを話した。