第38章 “キミ”という存在
──パタン──
個室の部屋の扉を閉めればモブリットはタリアと2人きりだ。
「来てくれてありがとう。何も聞かずに連れてきてしまったけど、ご指名は私で良かったのかしら?」
「あぁもちろん、俺は君以外を指名するつもりはない。」
少し不安げに見上げるタリアにモブリットは本当の事を言ったまでだが、当のタリアはパッと花が咲いたような笑顔になりモブリットに抱きついた。
「嬉しい。先月の壁外調査、作戦続行不可能で戻ってきたでしょ?私、モブリットがケガでもしてないか、無事に帰還できたのか、ずっと心配していたのよ。また会えて本当に良かったわ……」
「タリア………」
そう言ってモブリットの胸に顔を埋めるが、タリアはすぐに顔を上げると着替えの準備を始めようとした。
モブリットは自分の身を案じてくれていたタリアに複雑な気持ちになり言葉を詰まらせてしまう。
「なんてね…娼館の娼婦がこんな鬱陶しい事を言ってはイケないわよね。ごめんなさい!すぐに支度をするから待っていて。」
支度というのは、調査兵団の兵服に着替え、化粧を取り、メガネをかけてくることだ。
そして髪型はボサボサのポニーテール。
そう、それは慕情を寄せるモブリットの想い人、ハンジに似せるための支度。
いつもは、ハンジに似せた格好でタリアからの慰めの手ほどきを受け、溜まったモノを発散させていたのだが、タリアの言葉に胸がざわついた今宵のモブリットはすぐにそんな気分にはなれなかった。
思わず部屋を出ていこうとするタリアの腕を掴んでしまう。
「?!モブリット?どうしたの?」
「……あ、い、いや……すまない……」
モブリット自身も何故こんなことをしたのかよく分からない。
「なぁ、タリア。ここで君といれる時間は決まってるようだが、もう少し長い時間を買うことはできるのか……?」
「え?時間の延長の事かしら?次に指名が入ってる場合はできないけど、私はこの通り。年季の入った娼婦はいつでも延長は大歓迎よ。」
モブリットの意図は分からなかったが、タリアは自虐的に笑って見せた。