第26章 奇行種、飛ぶ
まだ殆どの兵士が眠っているため、兵舎も廊下もまだ静かだ。当然、喋る者がいなければこの執務室も静寂に包まれてしまう。
リヴァイに背後に立たれたまま、黙られてしまうと、自分の心臓音が聴こえてしまうんではないかとさらに緊張が走ってしまう。
「紅茶はいい…それに、仕事も、もう終わらせてきた。」
「え?」
そう言うと、そのままリヴァイは両腕をクレアの胸元にまわしてそっと抱きしめた。
フワッと包み込むように抱きしめられると、背中から伝わってくるリヴァイの熱が、まだ寒い3月の早朝にはとても心地良く感じる。
思わず胸元に回された腕に手を添えてしまう。
しかし、仕事の手伝いも紅茶も不要となると、どうすればよいのだ。朝食まではまだ少し早い。
掃除の申し出でもしようかと思ったその時だった。
「今日は何もしなくていい。朝飯に行くまで、側にいろ。」
「…え?」
するとリヴァイはクレアをソファまで連れていき、並んで座ると、腕をまわして自分の肩に寄っかからせた。
自然とクレアの頭もリヴァイの肩に乗っかってしまう。
「なかなか恋人らしい時間を取ってやれずにすまないな……」
自身の肩に乗せられたクレアの頭に重ねるようにリヴァイも頭を乗せて身体を密着させる。
「そ、そんな……」
確かに、訓練や仕事が忙しく、お互いの気持ちが繋がった日以降、ゆっくりと1日をすごした事はなかった。
しいて言えば、誕生日の時に一晩眠ったのが、最後だろうか。
さらに言ってしまえば、恋人らしい“行為”ももしかするとリヴァイの誕生日の時以来していない気がする。
2月は殆ど訓練ができず、自由行動を許される日もあったが、基本はほぼ雪掻きと、その合間をぬうように馬の運動だった。
馬は馬房の中で立ちっぱなしにさせると、脚が浮腫んでしまうため、立ち腫れを防ぐために交代で厩舎内の通路を何往復もして歩かせるという作業をしなくてはならない。
凍てつく寒さの中で雪掻きをしたあとは、底冷えのする厩舎でひたすら曳き馬。
さすがのクレアも疲れ果て、夜の仕事が終わると倒れ込むように寝てしまう日が続いていた。