第25章 想いの果てに
「………」
目の前で笑っているこの女も十分若いと思うのだが、娼婦の世界では年齢の価値観が大分一般の人間と違うのだろう。
そう考えながら、モブリットはジャケットを女に手渡し、料金も払った。
「なぁ…帰る前に聞きたい事が2つある……」
「え?何かしら?」
女は目をキョトンとさせながらモブリットを見つめた。どんな質問をされるのか見当がつかなかったのだ。
「君の名前を聞いてもいいか?」
「!?」
この男はこの娼館に来る目的がはっきりとしていた為、まさか名前を聞かれるなど思っても見なかった。
そのため少し狼狽えてしまう。
「名前を…言ってもいいの?せっかく私をあなたの想い人に重ねたばかりなのに…」
「いや、逆だ。ここまで世話になって名前を知らずに帰ることはできない。教えてくれ。」
すると、女は少し俯きながら遠慮がちに名前を言った。
「タリアよ。……私の名前はタリア。」
「そうか、タリア。今日は世話になった。あともう1つ、この香りの名前を教えてくれ。」
そう言うと、モブリットは女の首筋辺りから香ってくる匂いをかぎながら聞いた。
「え?よく気づいたわね。これは希釈したバニラオイルの香りよ。薄く香ると落ち着くから愛用してたんだけど、香りに敏感なの?」
「いや、そうではない、ただ年の離れた班員も香油を愛用している兵士だから少し気になったんだ。立ち話をさせて悪かった。もう出よう。」
すると、タリアは思わずモブリットに抱きつき訴えた。
「お願い!モブリット、またいつでも来て頂戴。あなたは何も間違ってないけれど、抱えてるものが重すぎる……少しでも、ほんの少しでもあなたの心が癒えるならば、また私の所に来てほしい。」
「…………タリア…」
何も間違ってはいない……
その言葉にモブリットの心はツキモノが落ちたように一気に軽くなった様な感覚になった。