第4章 懇願
パァァァァァン!!
午後の訓練前半、訓練兵全員による森抜け競争の開始の合図がなった。
ベテランの調査兵でも抜けるのに時間がかかりそうな広めの森だ。
先頭集団が現れるのには少し時間がかかりそうだ。
10分程経過したあたりで、左遠方から複数のアンカーの刺さる音、ガスの射出音がかすかに聞こえてきた。
もうすぐ先頭が通過するだろうと思った瞬間、それは一瞬だった……
アンカーが横切るのとほぼ同時に、左方から1人の人影が飛び出した。
──ガサガサッ──
先頭はクレアだった。
──ザシュッ── ──ザシュッ──
クレアは左右交互にアンカーを射出し、木を蹴飛ばしながら勢いを殺さぬようワイヤーを巻き取る。
空中では遠心力に合わせて回転やひねりを入れながら飛び回っていく。
その姿はまるで羽が生えているかのように錯覚させるほど見事な美しさだった。
時間にしてわずか数秒でクレアは森の奥へ消えていった。
すぐに続々と後を追う訓練兵が左から右へと流れていったが、おそらくクレアが1位で通過するだろう。
それ程までに圧巻の速さだった。
「すごい……いったい何が……」
確かにクレアは速かった。でもなんでこんなに度肝を抜かれた状態になっているのかハンジはまだ理解ができていなかった。
「…おいハンジ、鳩が豆鉄砲くらったような顔になってるぞ、あいつの何がスゲぇか理解できてるか?」
「い、いや……」
「あのやろう、スピードを追求しながらガスの消費を抑えて飛んでやがった。木を蹴飛ばしたり、回転したり、一見無駄な動きにもみえるが、スピードや勢いを殺さない理にかなった飛び方だ。しかもあんな芸当は偶然でできるモンじゃねぇ…しっかり実戦での討伐を意識して鍛錬した代物だ。とんだ奇行種だな…」
「そうか…そういうことだったんだね。な、なんか私見惚れちゃったよ、アハッ、アハハハ…」
先頭で飛び出してきたクレアは午前の訓練の時とはうって変わり、好戦的な顔つきだった。
瞳は見開き、心の底から楽しんでいるかのように口元は上がり前歯を覗かせていた。
「上等じゃねぇか、奇行種のやろう…」
リヴァイは先程のクレアの挑発的ともいえる表情を思い出すと、ドクンと胸が高鳴った。