第76章 慟哭と、その向こう側に見えたモノ
「タリアさん…モブリットさんとの子を…妊娠されていたんですか?」
十分に気をつけていても、ここが娼館である以上こういう事は避けられない。
しかし、タリアの言葉を聞く限り、“望んでいなかった”わけではなさそうだ。
「そうよ…あなたの全てが欲しいと…そうモブリットに言ったのは私だけど、全てを遺して死んでくれなんて…言ってないわ…もう…本当に…本当に全てを私に遺して死んでしまうなんて…」
タリアは愛しい男との命が宿っている腹を自身の腕で抱きしめると、そのまま俯いてしまった。
「タリアさん…」
絶望のドン底に落とされたタリア。
かける言葉も見つからなかったハンジだが、タリアの足元に置かれていた小包の中を覗くと、モブリットが託した“給金の全て”が目に入った。
モブリットの部屋から持ち出した時にズシリと異様な重みを感じていた小包。
ハンジはいったいどれだけの額が包まれていたのか気になり、無礼は承知でその中身を見てみた。
「ハンジさん…?」
「………………」
包をめくると、その中には数年は働かなくても生きていけるであろうと思われる紙幣が何束も重ねられていた。
モブリットもクレアと同様に物欲が無かった。
最低限の衣類にたまに飲む酒、そして数冊の書物。
分隊長の副官というそれなりの地位を持っていながら、その程度にしか金を使ってなかったモブリット。
長年積もりに積もった給金はかなりまとまった額になっていた。
「ねぇ…タリアさん。モブリットの想いに応えてやれなかった私が言うのはもしかしたらお門違いなのかもしれないけど…ちょっと…いいかな?」
「え…?」
ハンジは少し考え込むと、何か思う所があったのか、ベッドに腰掛け静かに話し始めた。