第76章 慟哭と、その向こう側に見えたモノ
甘ったるい香の香りに薄暗い部屋。
今通ってきた細い通路に並んでいた扉の向こう側も、きっとこんな造りになっているのだろう。
クレアは部屋を見渡しながら口をポカンと開けていたが、ハンジはここがなんなのか、あらかた予想がつき、タリアに声をかける。
「ね、ねぇ…聞きづらいんだけど…ここって…もしかして…」
「はい…娼館でございます。」
「娼館…?で、でもどうして?…ここは、仕立て屋アイリーンってお店じゃないの?」
「ここは、昼間は仕立て屋を営んでおりますが、夜になると、ここで働いている針子は全員宵の衣装に着替えて娼婦として働くのです。そして私はここの古株で、現在は客引きや若い女の子をまとめる役割を主な仕事として働いております。」
「…………」
モブリットの心の変化にはなんとなくだが気づいていた。
凍てつく寒さの夜、いきなり部屋にやってきた時に、ハンジはそう確信したのだ。
でもそれがどこの誰だかまではわからなかった。
きっと近所の街娘だろうとなんとなしに考えていたハンジには、タリアの存在は驚きでしかなかった。
モブリットの気持ちには気付いていたとはいえ、腹心の部下が、自分とそっくりな娼婦を抱いていたのかと思うと、それはそれで複雑な気分だ。
「こちらも…1つ伺っても宜しいですか…?」
黙ったまま動かなくなってしまったハンジにタリアは問いかけると、その問いかけにハッと我に返ったハンジは慌てて返事をした。
「あ、あぁ…大丈夫だ。なんだい?」
すると、タリアは長いまつ毛を震わせながらポツリと呟く。
「モブリットは…死んでしまったのです…ね…?」