第10章 奇行種に完敗
そしてそれを必死に阻止しようとしているのはリヴァイの奥深くでトラウマとなっているファーランとイザベル。
大切なものを二度と失わないようにと、自分の意志とは関係のないところで無意識に自己防衛が働いてしまっているこのジレンマ。
いったいどうしたらいい………
リヴァイは小さくため息をついた。
心地良い夏の風が吹けば香るキンモクセイの香り。
チクリと胸をざわつかせながら見上げる星空。
もうどれくらいの時間がすぎたであろうか。
その沈黙を破ったのはクレアだった。
「兵長…私は生きて帰ってこれるでしょうか……」
横目で見ると、先程の穏やかな表情はない。
「……どうした?奇行種のお前が弱気か?珍しいこともあるもんだな……立体機動であれだけの腕前をもっていながらそんな弱気では他の兵士が泣くぞ…」
「…そうでしょうか…本当は、明日に繋がる元気をもらいにここに来たのですが…美しすぎる星空を見たら急に自分が無力な存在に感じてしまって……少し弱気になってしまいました……」
新兵でなくても、壁外調査前というのは大なり小なり弱気になるものだ。
明日、生きて帰って来られるかは明日にならなければわからないのだから。
リヴァイは語彙力の無い頭を捻って、なんとか立ち直れる言葉はないか必死に探した。
しかし……
「……兵長。私は1人前の兵士になりたいです!」
「私は、まだまだハンジさんに何も尽くせていません!」
「同室のフレイアとも、もっと仲良くなりたいです!」
うつむいたまま拳を膝の上でギュッと握っている。
次々と想いを吐き出すクレアに驚いたリヴァイは、ただ見つめることしかできていない。
「それと……また兵長の執務室で仕事がしたいです…」
「私の淹れた紅茶を飲んで欲しいです…」
一度堰を切って溢れ出した想いはなかなか止まらない。
ここまで絞りだす頃には、クレアの目は涙で一杯だった。
「こんな私は……駄目な兵士でしょうか…」
カタカタと肩を震わせリヴァイの顔を見つめたクレアの蒼い瞳からは大粒の涙がこぼれていた。
「……………………っ!」
その儚げな、今にも脆く壊れてしまいそうなクレアの顔を見た瞬間、リヴァイの頭の中からは何かが崩れ落ちる音が鳴り響いた。