第10章 奇行種に完敗
「キンモクセイの香油は、もともとは私の母が愛用していたものです。母は、父とキンモクセイの花の香る場所で恋人同士になったと言っていたので、大切な思い出の香りだったのでしょう。でも昔は私、キンモクセイの香りってなんかあんまり好きじゃなかったんです…」
「…なぜだ?」
「自分でもよくわからないんですけど……なんだか…なにかに急かされるような気持ちになってしまって。落ち着かない気分になるので、好きではありませんでした。」
「………………」
「でも、調査兵団に入団した日に、たまたま香油のお店でキンモクセイの香りを見つけた時に感じたのは、昔とは違うものでした。」
「……どういうことだ?」
「調査兵団の兵士とは過酷な運命の歯車の上にいます。いつだって死と隣り合わせです。1日1日を精一杯生きなければ必ず後悔します。なんだか久しぶりにかいだキンモクセイの香りは、私に精一杯生きろ!って背中を押してくれている様な感じがして、今の自分にはとてもぴったりだと思ったんです。…不思議な力ですね…」
「そうか…」
「子供の頃の私はどこか冷めた人間でした。きっとキンモクセイは私にそれではいけないと必死に気づかせようとしてくれたのでしょう。でも今はこの調査兵団で精一杯生きている自分が少し好きになっています。昔とは違い、今は私を叱咤激励してくれるこの香りが大好きです…」
クレアは自分の髪を少し束に取り、指でくるくる巻きつけると、スーっと愛しむように香りを堪能した。
思わずリヴァイもクレアの髪に手をのばしそうになってしまう。
「………………」
顔には出さなかったが、以前のクレアもキンモクセイの香りに対して自分と同じ心持ちでいたことにいささか驚いていた。
まじないや祈りの類を信じないリヴァイだが、こんな話を聞かされては、キンモクセイの香りには何か特別な力でもあるのだろうかなど、らしくもなく考えてしまった。
そんな目に見えないものの存在を信じたわけではないが、仮にそうだとしたならば俺は何に対して背中を押されてるというのだ……
クレアのことであろうか……
このキンモクセイの香りは自分の気持ちに正直になれと背中を押しているのだろうか……
クレアにむけている独占欲の正体を認めろ…と