第10章 奇行種に完敗
たてがみの編み込みは、貴族や王族の馬車を引く馬の正装として行われるものだ。
しかしクレアは記念すべき初陣を、人馬共に絶対に生きて帰還したかった。
ふいに閃いた思いつきであったが、クレアはデイジーのたてがみに「勝利の帰還」という願いを、編み込みながら願をかけたのだ。
褒められたデイジーは満足げに頸を上下させると、クレアの顔に優しく頬ずりをした。
飼い葉の香りがする優しい頬ずりに、思わず愛しさがこみあげてくる。
「いよいよ明日だね!宜しくね!」
クレアはデイジーの額にキスをすると、兵舎に戻っていった。
──夕刻──
なんだか午後からは時間の流れがゆっくりであった。
いつもよりゆっくり風呂につかり、いつもよりゆっくり夕飯を食べてから自室に戻ったが、フレイアはまだ帰ってきていないようだ。
きっと2人きりで食事をしているのだろう。
窓の外をみると、夜の帳が下り始めていた。
今日は早目に寝るつもりではいるが、それにしてもまだいくぶんか早い。
クレアは少し考えると、しばらく訪れていなかった「ある場所」に向かうことにした。
──ガチャ──
旧舎の非常階段につながる扉をあけると、そこは久しぶりに訪れた、満天の星の「秘密の特等席」である。
「わぁぁ!今日もキレイだなぁ。」
雲ひとつない澄んだ夜空にはこぼれ落ちそうな程の満天の星。
自分はまた生きてここに戻ってこられるのだろうか……
美しく壮大な星空を見上げたクレアは、とたんに自分の存在がちっぽけに感じ、少し不安な気持ちに襲われてしまった。
立体機動の腕前には多少の自信はあったが、本物の巨人を相手に訓練していたわけではない。
シガンシナ区の襲来では渦中にいたものの、記憶が途切れ途切れであまり覚えていない。
はたして明日の壁外調査で本物の巨人と対峙した時、この身体は訓練通りに動けるのか、ハンジの命令どおりに討伐できるのか、クレアは急に自信を無くしてしまった。
だからといって、簡単に死ぬわけにはいかない。
クレアにも、他の兵士達同様に絶対に生きて帰ってきたい理由があるのだから。