第67章 約束
「…タリア?!」
「モブリット…会いたかった…」
フワッとバニラオイルの香りと共に飛び込んできたタリアにモブリットの胸はせわしなく高鳴る。
自分の名を呼ぶ声が、少し震えている様に聞こえたのは気のせいだろうか。
「なかなか会えなかったから…私…トロスト区が襲撃された時に、あなたに何かあったのかと思って…心配で…でも、無事でよかった…」
そこまで言うと、我に返ったのかハッとモブリットの顔を見上げるタリア。
その目は真っ赤だ。
「ご、ごめんなさい…前にもこんな事があったわね…本当に私ったら……」
モブリットに限ってそんな事はないだろうが、娼婦という立場ででしゃばった事を言ってはいけないと思ったのだろう。
タリアは、申し訳なさそうにモブリットから距離を取ろうとしたのだが…
「あ、謝らないでくれ…」
「あっ……」
タリアはモブリットの力強い腕によって、再び胸の中に戻されてしまった。
「トロスト区が襲撃されてからはもう休む時間もなくて…気づけば後戻りのできないクーデター事件へと発展していた。正直…生きた心地がしなかった…」
「モブリット…」
「だから…生きて君に会う事ができて本当に良かったと思ってる。死んでいたら…会えないからな。」
そんな事を自虐的に笑いながらタリアに話すと、モブリットは照れくさそうに頭を掻いた。
「……………」
タリアは、モブリットに会えなくなり、安否もわからなくなって、ようやく自身の気持ちに気づいた。
モブリットを1人の男として好きなのだと。
それからは毎日胸が切なく苦しくて、仕事をする気分にならない日もしばしばあり、その度に店主には呆れたようにため息をつかれていた。
そんなモブリットが生きて自分に会えた事を喜んでくれている。
こんな事を言われてしまったら自惚れてしまうではないか。
好きだと自覚したモブリットを前に、もう気持ちのセーブがきかなくなってしまったタリアは、その言葉を真に受けて無邪気な笑顔をこぼしてしまった。