第64章 それぞれの決断に、変わる風向き
いらなかった…
それは、ずっとヒストリアを苦しめてきた言葉。
そんな事を言う人間が、自分の他にもいたなんて…しかも…こんな近くにいたなんてと思うと、ヒストリアの目からは涙がこぼれそうになってしまう。
「なぁ…だからせめて…お前の手で終わらせてくれ。ヒストリア…オレを食って、人類を救ってくれ…あとは…任せた…」
もう自分の役割はこの身体をヒストリアに食わせて巨人の力をあるべき場所に戻すだけ。
そう理解したエレンは再び力なくうなだれてしまった。
「エレン…あの時は…私の事を普通のヤツだって言ってくれて、嬉しかったよ…」
ヒストリアは2人で待機させられてる時にかけられたエレンの言葉を思い出し、心からの礼を言った。
もう…やるしかない。
ヒストリアは奥歯を噛みしめ針を左の腕に刺した。
のだが……
とある疑問がふと頭をよぎった。
「お父さん…どうして姉さんは…戦わなかったの?姉さんだけじゃない。レイス家は人類が巨人に追い詰められてから100年もの間…どうして巨人の脅威を排除して人類を解放してあげなかったの?“全ての巨人を支配する力”をもっておきながら…」
よくよくロッド・レイスの話を思い出してみると、ヒストリアの疑問も至極当然。
全ての巨人を支配できるのならなぜこの狭い壁から人類を解放しなかったのだ。
エレンが言っていたような“全ての巨人を駆逐する”事だって可能だったはずだ。
「それは…失われた世界の記憶を継承するからなの?初代王の思想までも私達は受け継いでしまうって事なの?」
その問いかけに対して返ってきた答えは、とても信じがたい内容だった。
「そうだ。この壁の世界を創った初代レイスの王は、人類が巨人に支配される世界を望んだのだ。」
「…………」
「…………」
「初代王はそれこそが真の平和だと信じている…なぜかはわからない。世界の記憶を見た者にしか分からないのだ…」