第59章 奇行種、奔走
「…あの………」
ベッドに両手をついたまま動けないでいると、クレアの腕を掴んでいた手は再び頬に触れた。
その大きくて逞しい手は、壊れ物を扱うかの様に、優しく、そして切なくクレアに触れる。
「クレア…君は本当に美しい…まったく…私は、リヴァイが羨ましいよ…」
そう言ってクレアの首元に残された赤い跡を指でなぞる。
「だ、団長…そ、それは……」
エルヴィンが触れた部分に存在しているモノが分かると、急速にクレアの顔が赤くなってしまう。
それはまるで、鍋で煮上がったかのように真っ赤だった。
「自分の選択は間違っていなかったと信じているが、どうしても気持ちが揺らいでしまう時がある…こんな事を言われてもクレアは困るだけなのにな…」
「団長…それは、どういう…」
自身に向けられた情欲の様な熱い視線。
だが、それが何故自分に向けられているのかがわからない。
エルヴィンの言ってる事もさっぱり分からないクレアは巡る思考がショート寸前で軽く目眩のような感覚を覚えた。
すると、エルヴィンの左手にグッと力が入る。
「……!?」
自身の頬を包んでいる手が、少しづつエルヴィンに近づいていく。
まさかの展開に声すら出なくなってしまった。
だが、このままでは互いの唇が重なってしまう。
相手は調査兵団で団長を務めるエルヴィンだ。
どういうつもりなのかも分からなければ、どうすればいいのかも分からない。
よくよく考えれば以前、リヴァイと結ばれる前にも似たような状況になったが、あれは自分の気持ちと向き合わせるためのエルヴィンなりの荒療治だったのだ。
では、いったい今は…
いったいどんなつもりでエルヴィンは自分にこんな事をしているのだ。
自分が拒否しなければ取り返しのつかない事になってしまう。
でも、身体も声も、まるで金縛りにあってしまったかのように動かなかった。