第59章 奇行種、奔走
ー少しだけなら触れても許されるだろうかー
クレアへの想いはきちんと断ち切ったのだ。普段のエルヴィンなら鍛え抜かれた精神力でなんとかカバーをするのだが、腕を失ってしまった消失感からか、悪魔の囁きが甘ったるくエルヴィンの判断力を鈍らせていった。
「クレア……」
「は、はい…」
名前を呼ばれたクレアは新しく巻いた包帯をキュッと結ぶと、声をかけた主の方を振り向く。
すると、少し切なげな表情で自身を見つめるエルヴィンと目が合った。
理由は分からないがそんなエルヴィンの顔を見て胸が少しざわついた。
「…………」
「ど、どこか痛みますか……?」
何も言わぬエルヴィン。
戸惑いながらもどこか痛むのか問いかけるが、そうではなさそうだ。
「…………っ!!」
エルヴィンは左腕と腹筋を使って無理に起き上がろうとした。
「あっ、団長…!無理なさらないで下さい。」
咄嗟にエルヴィンの両肩を支えて手伝うと、今度は至近距離で目が合ってしまった。
「…すまない、そういえば、私はいったいどのくらい気を失っていたんだ?」
「えと…今日で7日目です。」
「そうか…ライナー達を逃してしまい、大勢の犠牲を出した総責任者が、そんな長い間のうのうと眠っていたのか…ハンジやリヴァイには、迷惑をかけてしまったな…」
「そんな事…仰らないで下さい。団長だって大怪我をされたのです。誰もそんな事思っておりませんよ。」
「…クレアは、優しいな…」
そう言ったエルヴィンは左手を伸ばすと、クレアの口元を覆っている布を指で引っ掛けて下におろしてしまった。
「えっ……」
目をみ開いて驚くクレアの顔は、とても美しく、そしてどこか幼くあどけない。
この相反する2つの魅力が融合したこの美しさは、きっとどんなに名高い作家が頭を捻っても、表現する事はできないだろう。
クレアの美しさとはもはや言葉なんかでは表現できないのだ。