第59章 奇行種、奔走
「今は薬が効いてるようで安心しました。ですが幻肢痛といって脳が身体の変化に適応できず、痛みとなって現れる事があります。また、いつまでも失ってしまった腕の先が存在しているかの様な感覚が抜けずに、しびれなどが出る場合もあります。何かありましたらすぐに教えて下さい。」
「そうなのか…教えてくれてありがとう。クレアは本当に何でも知っているな。今すぐに医師として働く事もできそうだ。」
「…医師だなんて…私はただ外科医の父の元で育った…ただそれだけの人間です。」
そう…
自分は父や兵団にいる医師から教えてもらった事以外はできない。
医療現場の立ち位置で言うのであればせいぜい看護師だ。
しかし、エルヴィンはその様には思わなかった様だ。
「いいや、クレア程の知識と技術があれば十分医師として働く事もできるだろう。だからと言って、転職をさせたい訳ではないがな。ただ、それ位自信を持って胸を張ってもいい。控えめになどならなくていい。そんな事が言いたかっただけなんだ。」
「あ、ありがとうございます……」
実にスマートに褒められてしまい、クレアは照れ隠しに目をそらしてしまった。
「で、では包帯変えますね…!!」
「あぁ…すまない。」
クレアは顔を赤くしながらテキパキと新しい包帯やら薬の用意をし、エルヴィンの元まで戻ったのだが、少しまずい状況だと気づく。
「………」
「??どうかしたかな?」
「あ…いえ……」
口では否定をしたが、実に気不味い。
エルヴィンの包帯を変えようとしたのだが、自分の長い髪が邪魔だ。
それならまとめて結べば良い話なのだが、髪を結んでしまうと昨夜リヴァイが付けた赤い跡が丸見えだ。
御丁寧にも耳の裏やうなじなど、服で隠れない部分にまでしっかりと跡が残っている。
こんなのを見られるわけにはいかないが、だからといって傷口に髪の毛がついてしまっては不衛生だ。
それにこのまま固まっていたらエルヴィンも不思議に思うだろう。
仕方なくクレアはポケットに入れてある革紐を取り出すと手早くまとめて縛った。