第零世界「メレンス」ースカ―ヴァイス・フィレアの章 始記
第4章 第四章「第八深淵少女」
「ちょ、それは酷くないかっ?少しくらい、再開の喜びを味わっていても。」
「だーめっ。風花ちゃんと遊ぶのが先だから、後でね。」
リア姉は走って向かって来ると、家鴨の雛のように私の後をぴたりと付いて来る。私はそれを無視して、玄関の靴棚にしまわれた小さなの靴を取り出し、風花ちゃんに渡す。すると、風花ちゃんは私の顔を見つめたまま、動きを止めた。
「何でこの靴が私のだって分かったの? あっ魔法?!」
風花ちゃんは、不思議な妄想を広げてきらきらと期待を膨らませている。少し考えれば分かる事を面白く解釈するあたり、幼い娘の想像力も侮れない。
「ふふっ。今この家の中にいる人で、一番小さな靴を履いている人は風花ちゃんしかいないでしょう?」
風花ちゃんは、漸く理解が追い付いたのか、頭を下ろして納得している。その最中にリア姉は、懲りずに抱き付いては、顔を寄せて擦り合わせ始める。
「あっでも、その棚の奥にまだ小さい靴が入っているように見えるが、風花ちゃんのじゃないのか?」
リア姉は、私の肩に顔を乗せたまま、何事も無いように棚奥を指す。私は、抱き付くリア姉を引き剥がして、棚の戸を広く開けて中を確認すると、布に包まれた小さな靴と白の靴が保管されていた。多少の砂汚れはあったものの、埃が被っていないのを視ると手入れはされているのだろう。
「フィー、ここにいるのー?」
「...ん、あっ水月ちゃんどうしたの?」
振り返って水月ちゃんの方を見ると、水月ちゃんは兎の柄が入ったエプロンを装着して壁の死角から覗き込んでいる。食器洗いの為に付けていたのか、水が飛び散って濡れたと思われる、色が一部だけ濃くなっている所が沢山ある。
「お風呂直ぐ入れるけど、風花ちゃんが帰った後で良いかな。水月ちゃんのお母さんには、良い時間に来てもらうように言っておいたからね。」
水月ちゃんは、眠そうに口を押えて欠伸をする。身体の疲れを取る為にも、今日は早めに休ませた方が良いだろう。
「うん、ありがと。今日は先に入ってて良いからね。ゆっくり休んでね。」
私は気を遣って、そう水月ちゃんに優しく言ったつもりだったが、少し不満そうで表情が濁った。