第零世界「メレンス」ースカ―ヴァイス・フィレアの章 始記
第3章 第三章「魑魅魍魎の忘却曲線」
「貴方に、若し私の話が通じるとしたなら、私の前に姿を見せてくれない?断ったら......、言わなくても分かるよね...?」
後に考えると、この時の自身の歪んだ愉悦の表情には、寒気を覚えた。雑草が生い茂る大木の裏から姿を現したのは、風花ちゃん程の小さくまだ幼い女の子。しかし、その娘の容姿の異変に気付くまで、瞬き程の時間しか要さなかった。青白い、暗い炎のような二本の手。宙に揺蕩う手を持つ...子供と言って良いのだろうか。私と同じ白い髪を持ち、眼が桃色の白いドレスを身に纏っている。その娘は、不思議そうに私を眺めているだけで、特に何もしようとしない。この娘は、どう考えても八尺様では無いと、誰でも分かる。でも、この娘が姿を見せてから、糸が切れたように八尺様の声が聞こえなくなった。疑心暗鬼...というやつだ。
「貴方が、八尺様って訳では無いのかな?」
彼女は喋る事はしなかったが、小さく二回ゆっくりと頷いた。嘘を付いているようには見えないが、警戒は怠らない。
「それじゃあ、貴方のお名前は?」
いつも通りの質問攻め。彼女は、口を閉ざしたまま視線は微動だにせず、歯車は動きを止めた。私の後ろに何かあるのかと思わせる程動き出す気配が無い。後ろを見ても、鬱蒼とした暗闇が続くだけ。
「...分かった、名前は訊かないでおくね。」
彼女は、話を聞いていないのか全くと言って良い程反応が無い。彼女には、一体何が見えて聞こえているのだろう。
「どうかし...」
彼女は、弾かれたかのように私の顔に視線を戻し、ゆっくりと歩いて進んで来る。私は、思わず一歩足を引いた。私の前まで、止まる様子無く彼女が来たと思ったら、ぶつかって気が付いたら私に抱き付いていた。この状況に理解が及ばず、自然と笑みが零れた。彼女は、少しすると抱擁する手を解き、再び一点を見つめたまま動かなくなった。しかし、先程違うところは彼女が微笑んでいた事だった。彼女の視線の先を辿ると、そこは私の胸の部分で、そこには水月ちゃんから預かった青の指輪を首から下げていた。試しにその指輪を首から外し、手に隠してみると彼女は顔を上げて微笑んだ。
その時、ふと視線を落とし彼女の首元を見ると、何やらネックレスチェーンが下げられていた。