第零世界「メレンス」ースカ―ヴァイス・フィレアの章 始記
第3章 第三章「魑魅魍魎の忘却曲線」
『.........ぽ......ぽ.........ぽ...ぽ......ぽ...ぽ......。』
それは、はっきりと鮮明に聞こえた。極限にまで冷え切った空気を切り裂くように、私の耳の奥まで刺さり抉った。それと同時に、得体の知れない畏怖と呼べるものを感じた。八尺様が、どんな怪異か実際に知らないのも関係しているだろうが、想像力が恐怖を増大させているのだろう。その声は、次第に感覚が短く、大きくなり迫って来ているよう。身の危険を感じた私は、急いで水月ちゃんをしっかりと押さえ、翼を広げ村の方に向けて、力強く地面を蹴り飛び立った。
「水月ちゃん、しっかり掴まってるんだよ。」
水月ちゃんは、そうだろう。動揺を隠しきれていない様子で、慌てて顔を引っ込めて身体を丸めた。
「え...えええぇぇぇーーっ!フィっ、どうしたのっ!?えっ、何か飛んでない...?飛んでるよねっ?」
水月ちゃんへの影響も考慮してかなり速度を出している筈だが、あの声の主は未だ追いかけて来ている。正直、水月ちゃんを抱えているから、後ろを振り返る余裕が無い。
「水月ちゃん、村に着いたら緑針さんの言う事、ちゃんと聞くんだよ。水月ちゃんだから大丈夫だと思うけど。...あと、...これ預かっててくれるかな。私にとって一番大切な簪。日暮れまでには、戻って来るね。」
「えっ、......うん、大切に持っておくね。」
水月ちゃんは、戸惑いながらも首から下げていた簪を受け取って胸に押し当てた。水月ちゃんの様子から、水月ちゃんには八尺様の声は聞こえていないのだろう。通りで、八尺様の第一声を聞き入れた時に驚いていなかったのか。
『...ぽ......ぽ...ぽぽ...ぽ......ぽぽ...ぽ...ぽぽぽ...。』
八尺様は、次第に距離を詰めて来て、耳の奥で酷く響いて痛みさえ感じる。これは、声が聞こえている私が魅入られていると考えて良いのだろうか。しかし、水月ちゃんが魅入られている可能性だってある。若しそうだとしたら、水月ちゃんを村に残すのはより危険な事。