第零世界「メレンス」ースカ―ヴァイス・フィレアの章 始記
第3章 第三章「魑魅魍魎の忘却曲線」
山を下り、緩やかな傾斜に差し掛かった時、水月ちゃんは何かに気付いたようで、私の頬を執拗に突いてくる。
「あそこにあるお地蔵さんって、行きの時にはああなって無かったよね。」
水月ちゃんの言う地蔵は、意図して壊されたように粉々に破壊されていた。その損壊状況というもの、地蔵を持ち上げて高い所から落としても、こうはならない。私は、いつもと違う悪寒を背後に感じた。勿論、後ろに何かがいる訳では無いけど、この場所には余りいたくなかった。しかし、調べない訳にもいかず、壊れた地蔵を眺めては欠片を拾い上げ、損壊状況を確認した。この場所から直ぐにでも離れたかった私は、水月ちゃんと手分けして取り敢えず蔵の中に置いていった。
「誰がこんな事したんだろ...。罰が当たっても知らないよ。」
水月ちゃんは、丁寧に蔵に戻してぶつぶつと話す。
「罰が当たるかは別として、今は早く村に戻ろっか。」
そう言うと、水月ちゃんはくすっと笑った。
「そんなにお腹空いてるの?じゃあ、早く戻らないとね。」
水月ちゃんは、私の背中に戻ると啜るように静かに笑っているような気がした。水月ちゃんが、この地蔵の意味について分かっているかは分からないが、これ以上水月ちゃんを外に置いておくことは出来ない。フェッセルン山の寺には、私一人で行くことにして、水月ちゃんは肉体的疲労を理由に家で休んでいて貰う事にしよう。
「じゃあ、行くよー。」
ゆっくりと立ち上がると、水月ちゃんはしっかりと私を掴む。
「お昼ご飯何かなー。」
「水月ちゃんもお腹空いてるんじゃない...。」
「へへぇー、だっていっぱい歩いたもん。」
水月ちゃんは、一人楽しそうに笑っているのを聞いて、私も少し笑みが零れた。
時刻は昼を過ぎ、陽も下り始めた頃に村に着いた。時間帯的に昼食を終えているからだろうか、小さい娘は外で遊んでいる娘もいれば、木陰で本を読んでいる娘もいた。
「よしっ!捕まえたーっ。」
「もーっ、何で分かったのー?」
まさかと思い、声の主の方に視線を向けると、宴会の時の話の通り、緑針さんは村の娘と遊んでいるようだった。
「あぁ...お姉ちゃん...。」
水月ちゃんは、緑針さんを冷ややかな眼で見つつも、日常的な事だからと余り気に留めているようでは無かった。しかし、水月ちゃんには大事な昼食があるから、緑針さんに猪のような猛進を与えに行った。