第零世界「メレンス」ースカ―ヴァイス・フィレアの章 始記
第2章 第二章「深化列車036」
「すみません、お願いします。」
「このぐらい良いんですよ。これから暫くお世話になりますしね。」
そう言って軽く微笑んで、特に何も言わずに居間を出て行った。
「それじゃあ、出ますか。」
「はい。」
居間を出て、私と緑針さんは縁側に腰掛ける。春とはいえど、夜は少し肌寒い。でも、空気は澄んでいるので月が奇麗。
「それで、どうしたんです?」
最初は、何となく気になっていた程度だったけれど、時が経つにつれ無性に気になっていった。というより、あんなにも明るかった水月ちゃんが、急に沈んだのがどうしても気がかりで仕方無かった。
「一つだけ...どうしても訊きたい事があって。唐突過ぎる事は、分かってます。」
「何時でも良いですよ。何時でも何処からでも掛かって来いって感じですっ。」
緑針さんは、場の空気の重さに気付いていないのか、気付いてやっているのか、やたら元気そうに振舞っている。
「単刀直入に訊きます。...竹華ちゃんとは誰の事なんですか?水月ちゃんが、怪異のクラウンに襲われている、幻覚を見せられていた時にその名前を口にしていたんです。」
空元気な緑針さんが、静まり返るまでそう時間は掛からない。私の話が進めば進むほど、表情は色濃くなっていった。水月ちゃんが知っている人を、村の長の緑針さんが知らない筈は無いだろう。
「何故それを...、私に訊こうと思ったんですか?別に水月本人でも、良かった筈です。」
緑針さんに、私が一番気に留めていた所を突かれて、少しの間黙り込んでしまう。
「......単純に水月ちゃんに訊き辛かったからです。夢の中では、私でも無防備の人間と何も変わりません。クラウンに見せられた水月ちゃんは、私には鉈を振り上げたクラウンに見えました。一方、水月ちゃん自身から近付いて行く、私から見たら奇行に走っているようにしか見えなかったです。でも、水月ちゃんには竹華ちゃんに見えていた。私は、撃ち殺さなければ、水月ちゃんの身が危険だと判断して射殺した。...これの意味が分かりますか...?その時に...まだ、竹華ちゃんに見えていたとしたら...、私は水月ちゃんの目の前で竹華ちゃんを殺した。」
私が話している間、口を開かずに何処か遠くを眺めていた。現実から眼を遠ざけようと、そう感じる虚無の眼差し。でも、決して逃げているような感じはしなかった。
