第5章 暗夜
ドウッ、と何かが倒れる音がした。
「……」
私は息を吸って、吐いた。
……?
痛くない。
死ぬほど痛いと、逆に痛くないのかしら。
それとももう死んだのかしら。
私は恐る恐る目を開いた。
私の体の上には、黒い人が覆いかぶさって、小高い山のようになっていた。その山の向こうに、仁王立ちになった脚が見えた。脚があり、腰があり、腹があり、胸があり、肩が、首が、
「ヤーシュ…さま…」
右手に血塗れの刀剣を握ったヤーシュ様が、肩で息をしながら立っていた。
ようやくわかった。
私を襲おうとした人間を、騒ぎで目覚めたヤーシュ様が、後ろから斬り倒したのだ。
「ペシェ、無事か、怪我はないか!」
ヤーシュ様は急いで私の体を支え起こした。呆然と座り込む私の体を目と手で確かめながら、大丈夫か、大丈夫かと問い続けた。
「ヤーシュ…様…」
「痛むところはないか」
「いたみ、は…なにも…」
「そうか…よかった」
「いたみは…な…うう…。ないけど…ないけど…」
「どうした!」
「う…ウッウッ…うう…うわああああああん」
私はボロボロ泣き出してしまった。
怖かった怖かった、死ぬかと思った、本当に死ぬかと思った。
あんなに怖いのは生まれて初めてだった。死にたくなかった。
本当に死にたくなかった。本当に死にたくなかった。
「わあああああん…うぇっ、うっうっ、うわああああ…あぁあああ」
「ペシェ、よく頑張ったな。もう大丈夫だ。もう大丈夫だ」
大丈夫だ、偉いぞ、頑張ったな、と言いながら、ヤーシュ様は私をキツく抱擁した。
息が止まりそうなくらいキツかった。正直少し止まった。
でもよかった。息ができないくらいキツく抱いて欲しかった。
全部抱きしめて、全部守って、なにもかも、私のひとつも取りこぼさないように、全てを手の中に収めて欲しかった。
それからのことはよく覚えていない。
泣きじゃくる私を抱きかかえたまま、ヤーシュ様は私を寝台まで運んでくれた気がする。そうして私の肩まで布団をかけて、私の体を抱きながら、ともに寝ていてくれた気がする。