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ビタンズの惨劇

第5章 暗夜



気づいた時、私は背を向け逃げ出していた。

「キャァアアッ、ああっ、あああああ!!!」

脚がもつれる、走っても走っても前に進まない気がする。何かを倒してしまった音がする。
なんでもいい。死にたくない。助かりたい。助けて。誰か助けて。殺される。殺される!

「ヒャッ…ア゛ッ!」

私は転んだ。黒い人間が私の服を掴んでいるのが視界の端に映った。

「アッ…!あぁああ!ヤアアアア!」

じたばたと藻掻いた。どこが出口かわからない。どっちに行けば助かるのかわからない。でも死にたくなくてとにかく動いた。絨毯の長い毛を掴んで、芋虫みたいに這い進もうとした。

「あぁあ、ああ…グェッ」

背中を踏みつけられた。痛い。痛いよなんてことをするの。涙が出てきた。
怖くて怖くて堪らないけれど、目は勝手に動いて、私を踏みつける人間を捉えた。

全身を黒い布に覆った、人とも悪魔ともつかない何かが、右手に何かを握っている。部屋中のロウソクに照らされて、ようやくハッキリとナイフの形が見えた。

ナイフはゆっくりと私の首元へ近づいた。
多分ゆっくりじゃなくてとても速いんだろうけれど、私にはスローモーションのように感じた。

わたし死ぬのね。ひどいわ何も悪いことしてないのに。

目を閉じた。
柔らかい肉に何かを叩きつける音がした。
熱い飛沫が顔中に飛んできた。
錆びた鉄みたいな臭いが鼻をついた。多分血だと思う。

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