第5章 暗夜
「ペシェ」
そう呟いて私を抱き寄せ、優しく口付ける。
「朝まで寝る。明日はいつも通りの時間に起こしてくれ」
「はい」
目を閉じる領主様。私は彼の肩まで布団をかけた。
床に打ち捨てられた服を拾いあげ、部屋を出る。
執務室は、ヤーシュ様の眠る小部屋と違って常に灯火が焚かれて明るい。いつでも仕事に戻れるようになっているのだ。
私はそこで服を身に着けた。後は自分の部屋に戻って眠るだけ。
明日の朝はいつも通り、厨房に朝食を取りに行って、それを持ってヤーシュ様を起こしに行く。まあ、彼は定刻になると勝手に起きるから、私が行った時はもう目を覚ましているのだけれど。
そこまで考えた時、私は部屋の中にショールを忘れてきたことに気づいた。
「あらやだ…。取りに戻ろうかな?でもヤーシュ様を起こしちゃうかもしれないから、明日にしようかな。でも…」
少し悩んで、でもやっぱり今取りに行くことにした。
音を立てないようにすればまあ、大丈夫でしょ。
ソロリと扉を開ける。
と、私は目をまんまるに見開いた。
「……!」
うごめく大きな黒い塊が部屋の中におり、今にもヤーシュ様へ飛びかからんばかりの勢いだった。キラリと覗くあの光るものは、ナイフのような何か……!
「ァ……」
口を手で覆い、硬直する。私は見てはいけないものを見てしまったに違いない。
黒い塊が向きを変え、私の方へ正面を向けた。
ギラギラとした2つのものが私をとらえる。あれは眼だ。あれは人間だ!人間が刃物を持って、ヤーシュ様の部屋までやってきた!なぜ?なぜってそれは、人間が刃物を持ってヤーシュ様の部屋まで来る理由は…