第4章 家庭
「まったく急すぎて困ったものだが…家族が気になって仕事に集中できないなどとなっては困るからな。婦長はもう14年我が家に勤めている。彼女の代わりになる者などそうそういない以上、無碍に扱う訳にもいかん」
べらべら喋りつつも領主様は私の手を掴み、四つん這いからうつ伏せへと体勢を変えさせた。
領主様が私の上にのしかかってくる。ググと肺を圧迫されて「キュウ」と声が漏れた。
けれど動きはさっきよりも緩慢に、ぬるぬるとしたものになる。
よかった、少しは話しやすい。
「ペシェ、お前も遠方から来ているのだったな。もし家族が気になるようなら、街に呼び寄せてもよいぞ。住むところは手配してやる」
家族。
一瞬脳内に、亡くなった両親の姿が浮かび、次いで田舎の叔父たちを思い出した。
「…いえ、ヤーシュ様。私は…ん。両親は…幼少のころに亡くしています…」
「そうだったのか」
「親戚の、ハァ…叔父の家で、育てられました…」
「ならばその者たちを連れてきてもよいが」
「い、え……」
思えば長い間、あの家にいたものだ。
私だけご飯の時間がみんなと違った。みだりに話しかけると怒られた。遊ぶことは許されなかった。赤い服を着るのが村で流行った時も私は許されなかった。森に逃げ出したことがあった。怒られて3日間馬小屋に閉じ込められた。叔父の”相手”をさせられた。何度もさせられた。従兄弟の”相手”もさせられた。叔父には娘もいた、「お前の顔は汚い」と毎日言われた。
それでも表面上は普通に一緒に暮らしていた。私だってヤワな方ではなかったから。無視したり噛み付いたり、時にはツバを吐いてやった。私は彼らが嫌いで彼らも私が嫌いだった。
思えば長い間、よくあんな家にいられたものだ。
けれどあの田舎の村では、私が受けた仕打ちなどは、それほど珍しいことでもなかった気がする。
「私は…会いたく、ありません…ヤーシュ様」