第2章 1day
嗅ぎなれた薬品の匂いに囲まれ、ポツンと置かれたベッドの上に彼女を降ろした。相変わらず、警戒したような、不安と戸惑いの色を宿した表情のままだ。
「…殺さない、んですか?」
「殺す理由が今の所無い。」
「……売ったりも、しないの…?」
「興味無ェな。じっとしてろ、逃げるなよ。」
トラファルガーは戸棚から幾つか薬とガーゼを取り出した。消毒液を綿に染み込ませ、露出した腕から傷口へと軽く叩き付けていく。ピリ、とした鈍い痛みが走る度彼女は小さく肩を竦めた。
「我慢しろ、これ以上酷くしたくないならな。」
「は…はい…。」
流石は医者と言うべきか、彼の手際は驚く程良かった。あっという間に傷口全て消毒を終え、小さな傷には止血剤を、大きな切り傷にはガーゼを当て包帯を巻き付ける。ある程度の治療を終えたところで、トラファルガーはベッド近くの椅子へと腰掛けた。そしてボロボロになった翼を指さす。
「悪いがその羽根はおれの専門外だ。どうしてやる事もできねェ。」
「大丈夫です…しばらくすれば、羽根は治りますから…。」
「ほう…?見た所、お前は空島の人間に見えるが?」
「いえ、空島ではないんです。」
「ならお前は何者で、何故おれ達の船に落ちてきたのかを話せ。」
濃いくまを作った彼の眼光は鋭く、彼女は視線を右往左往させる。怖い。でもこの人は私の治療をしてくれた。いい人…?でも今までそんな人達にいっぱい騙されてきた。様々な思考が巡るがそれでも、翼が機能しない以上ここからは逃げることも出来ないのだと悟り震える重たい唇をゆっくりと開いた。
「…私は、空島より1つ上の層に住む者です。スカイピアの住人とは別の種族で…。私たち以外、空島の住人も入る事が出来ない場所で暮らしています。」
「…ほう、それで?」
「一つだけ、天使と交流を持つ島があって…よくその島で物資の交換をしていました。本来その島から私達は出てはならない規則があるのですが、ある人を探して島を出たら…海賊に捕まってしまって。逃げたはいいものの、羽もボロボロで飛べなくなりお腹も空いて、気が付いたらこの船に落ちてました。」
「なるほどな…。」
トラファルガーは改めて彼女を見た。余りに華奢で震える身体、衰弱したようにも見える顔、傷の数々。どの道今更船の外へ投げつもりにもならない。ならばとる行動は一つだ。