第5章 4day
元々、手錠のせいでろくに動くこともできないというのに。は瞼をそっと降ろす。甦ってくる記憶は下界に降りてからのあまりに苦痛な日々だった。
決められた島から離れ、ヒューマンショップに捕まり売られ、隙を見て逃げ出すも再び海賊の連中に追われ傷つけられ、翼もボロボロになり空腹に倒れそうな日々。それでもまだ生きていたくて必死にもがいた記憶。そんな生活の内に手に入れた筈の力も臆病な自分には使い方もわからない。信じた人間は、簡単に裏切る。これが海賊であり、人間だと悟る。決められたルールを破った罰なのだろうか。そんな事はもう分からないし、どうでも良かった。
…それでも脳裏に浮かぶのは皮肉にも、同じ海賊の顔だった。
「っ……ロー…。」
頭を撫でる掌、傷を癒す指先、時折意地が悪いが、優しい言葉。触れられた箇所が火傷したように熱くなる感覚。信じる、信じないで無ければ理屈でも無かった。出来る事ならただもう一度だけ、声を聞きたい。頭を撫でて欲しい。まだ御礼も言えてない。
透き通った瞳が濡れた。溜まった涙が眦から頬を伝い床を濡らす。
「会いたい……!!」
ドカンッッ!!
震えた細い声で呟いた言葉は、突如響いた轟音と共にかき消された。船が大きく揺れ、その振動にすら耐えられないの身体は転がり牢へとぶつかる。
「いっ…た!な、に?」
外からはバタバタと慌ただしい足音がいくつも聞こえてくる。鳴り響く銃声、刃物同士がぶつかる金属音。何が起きたのかイマイチ把握は出来なかったが、今この船が攻撃を受けている事だけは理解した。
ただ、この船は貨物船だと聞いている。ならばその船を海軍が襲うわけが無い。そうなれば、考え付く先は一つ。
海賊だ。
「何…?もう嫌…怖い…!」
この船自体が沈めば、自分も抵抗出来ないまま沈む。流れ弾が部屋の壁を突き破り当たるかもしれない。今にも敵船の人間がこの壁を破って洗来るかもしれない。様々な不安が波のように押し寄せてくる。は蹲り耳を塞ぐ。
突然、扉が荒々しく開いた。いや、開いたというよりも壊されたという方が正しいかもしれない。暗い部屋の中に差し込む太陽の光の眩しさには顔を上げ、瞳を細めた。そしてそこに立っていたのは…紛れもない、トラファルガーだった。