第6章 漆黒の中の懐古と猜疑
今、すごく辛い話をしているはずなのに、潤くんはいつも通りで
私じゃそうは出来ない…
努めて明るく話そうとする姿勢に胸の奥がズキリと痛む
「おじさんは…今どうしてるの?」
「家にいるよ。何かあった時病院の方が安心するからと説得したんだけど。
…生まれ育ったこの土地で最期を迎えたいそうなんだ」
一緒だ…!
末期の肺がんだったおばあちゃんも病院ではなく自宅を希望した
“生まれ故郷で死にたい”
潤君のお父さんも同じ気持ちなんだ
「そう、なんだ…、心配だね…」
「うん…まぁこれまで好き放題生きてきたんだ。
最期まで自分らしく生きたいじゃないのかな」
潤くんは…受け入れてる
私はそんなに強くいられなかった
ただ毎日泣いて落ち込んで、何も気付けなかった己の未熟さを恨むしかない時間を過ごした
今だって後悔してる…
「…百菓ちゃん、確かに父は弱ってはいるけど、病人とは思えない程元気だし…自分の納得した形で残りの人生を謳歌しているよ」
だから気にしないで、と半ば呆れながら笑う
私の気持ちを汲んだ上での言葉なのかはわからないけれど、潤くんの恩情さはお父さん似なのかなとふと思った
潤くんのお父さんとは小さい頃に何度か会ったことがある
格好良くて品があって、顔は潤君とは余り似ていなかったかな
ただ挨拶をした時にすごく優しい笑顔を向けられ、気遣う言葉を掛けてくださったことを憶えてる
それなのに…
実の息子を調査するなんて…
自分の子供を信頼していないんだろうか
いやでも…あれ程の大企業の社長ともなれば後継者選びも慎重になるのかもれしない
きっと一般人の私なんかには理解できない考えがあるんだ…
と、一人問答をしていると、一つ疑問が浮かび上がる
「ねぇ、潤くんが副社長なんだから、次に社長になるのは潤くんじゃないの?」
「え?…うーん、まぁ通常はそうかもしれないね。
でも…」
――あの人のことだから
そう答えた顔が酷く歪んで見えて
矢張りいくら仕事上のこととは言え、父親に身辺調査をされるのは気持ちが良いものではないのだろう
葛藤が、
死に向かう人間への尊重と父親への反抗とが、彼の中で静かに大きく渦巻いるようだった