第7章 1step,2hands,3seconds
乱歩さんが身を乗り出して、運転席側に近付いてくる
甘美に色付く瞳から目が離せなくて、バクバクと跳ね上がる心臓の音
私の顎元に添えられた親指に力が入り強制的に口が開けられると、思わず目をぎゅっと閉じてしまった
「ん…」
口に押し付けられる柔らかい…香りのある…甘いモノ
これは…?!
パチリと目を開くと、カップケーキを私の口に押し当ててにっこりと微笑む乱歩さんがいた
「僕、この上に乗ってるカボチャの種いらないから、百菓食べて」
上の部分だけねー、と付け加えてぐいぐいとねじ込んでくる
?!?!
たね…え…?種?そこ?!
確かに、カップケーキはおばさんに頂いたカボチャを練り込んで作った物で、その上にアクセントとしてカボチャの種を乗せていたんだけど
それがどうやら気に入らなかった、らしい…
そうだとしても…ちょっと強引すぎやしないですか?乱歩さん…
口を開き充てがわれた部分を一口食べると、満足した様子でカップケーキが離れていく
「…種、嫌いなんですね」
「……うん」
小さく返事をし、私が噛じった部分をじっと観察した後、自身も漸く口へと運んでいった
無言で食べ進める様子に一先ず安堵すると、胸の拍動が収まってくる
状況は理解したはずなのに
納得どころか微かに残る未消化な気持ち
またドキドキさせられてしまった…
でも正直言うと…本当は……
あ、そう言えばリップがカップケーキに付いてしまったんじゃないかな?!
何も言われなかったけど…
乱歩さんは特段変わった様子もなく、念の為ルームミラーで口元を確認してみると、しっかりと発色した唇が確認でき、ほっと胸を撫で下ろす
「…じゃあそろそろ出発しますね」
どこかすっきりしない気持ちを振り払い、運転に集中しようとしていたその横で、小さく吐いた溜息がひとつ無情にも消えていったことに私は気付くことはなかった