第5章 対極者
「あ、いや…それがまだ…」
潤くんの目元は笑っているように見えるのに、何処か鋭さが含まれていて
幼馴染の私達ではなく
“不動産業者と取引相手”のそれだった
潤くんは、彼の父親が社長である不動産会社に勤めており、若くして副社長を任されている
おばあちゃんが亡くなった後から何かと相談に乗ってくれていて、遺言やパティシエの夢のことを話すと、土地の売却を提案してくれた
それから度々契約の手続きに家を訪問してくれるようになり、長期出張で契約が進められない間に必要書類―土地の権利書―を準備しておく約束だった
「奥の部屋…開かずの部屋、だっけ?
あそこは開けられなかったの?
中にあるかもしれないんだよね」
「うん…多分」
「そろそろ契約を進めないといけないし、困ったな」
首を回し、チラリと乱歩さんに視線を送るが、気付いていないのか頬杖を付きながらお菓子を頬張っている
不機嫌な様にも見える線状の眼はどこを見ているのか、何を考えているのかさっぱり解らない
「あ!もし良かったら、この家の解体を担当する部署に扉を壊す手配をしようか?」
「え…っ?!」
私の返答を待たず、スーツの胸元から携帯を取り出し、片手で液晶画面を操作し出す
きっと会社へ連絡するつもりなんだろう
もう一度乱歩さんを横目で見るも、矢張りこちらには気付いてもらえない
気が変に焦り出していく
そんな私を余所に、操作していた携帯電話を耳元に充てると、またにこりと微笑む
このまま話が進んでしまうの…?
――― あ の 扉 を
開 け て は
い け な い ―――
「―――っ!!!」
そう、そうだ…!
乱歩さんは開けるなと言った
まるで脳内に浮かび上がる啓示のように、思い出されるや否や衝動的に口が開いた
「待って!!」
突然部屋中に響いた声に驚いて目を見開いた潤くんと、恐らく同じ様な表情をした私との視線が交わる
静まった空気の中、携帯電話から相手方の声が漏れていることが耳に入ると、ハッと我に返った
「あ、その……
一応祖母の大切な家だから、引き渡すまでは奇麗なままでいたくて…」
「……そっか…そうだよね、ごめん!」
潤くんは慌てて断りを入れ通話を切った後、バツが悪そうに目を伏せた