第3章 稀代なる名探偵殿
恐る恐る顔を上げると、乱歩さんの視線はどこか遠くにあって
その表情からは何も読み取れない
分かるのは
私の話をただ聞いてくれているということ
「私…やっぱりお菓子を売るんじゃなくて、作りたいんです。パティシエとして。
…遺言を果たしたい気持ちはあります……でも辛いんです。自分の取り柄が、価値がなくなったみたいで」
小さい頃から憧れていた夢が叶って
漸く実現できて
これからって時だった
「暫くして、不動産屋からこの土地を買いたいと話がありました。
丁度良かったと思いました」
「……」
「ほんと笑っちゃいますよね。恩返しだとか偉そうにしておいて、結局は自分のことしか考えてないんですから」
自嘲するような乾いた笑いを漏らし、情けなさに手をぐっと力を込めて握った
恩を仇で返すような親不孝な私
…どう伝わっただろう
厭きられて当然かもしれない
結局全てがいい加減で
だからせめて自分が信じた道を歩めたら
こうして全てを話してしまえば、この中途半端な気持ちが決心に変わる気がする
また俯きがちに下を向くと、それまで無言だった乱歩さんの声が頭上から降ってきた
「別にいいんじゃない?」
「へ…?」
あっけらかんと答える乱歩さん
思わず間抜けな声を発してしまった
うん…
いや、まあ…
今までの言動を振り返れば
乱歩さんならそう言うのは自然…かもしれない