第3章 稀代なる名探偵殿
胸の奥がひやりとする感覚に、思わず全身が緊張する
きっと表情に出ているんだろう
乱歩さんは予想通りとばかりに口角を上げている
どうして…?
誰にも言っていないのに……
「……知っていたんですか?」
「いや、ただの推理だよ。
…理由は簡単」
そうして手にしたのは食べかけのマーブルチョコレート
先程、賞味期限切れだからと私が食べてテーブルに置きっ放しにしていた物で
乱歩さんはまるで証拠品を示すみたいに顔の横へと翳した
「まず一つ目。このチョコレート。君は売り切れていると言った。こんなメジャーなお菓子を切らしておく理由がない。それに…」
言葉を切ると席を立ち、陳列された駄菓子からスナック菓子を一つ手に取る
チョコレートと同じく私に顕示するため、袋の上を摘んで持ち上げてみせた
「このスナック菓子もそうだ。僕も含めて子供たちにはとても人気のある、言わば売れ筋商品だ。僕が来た一週間前から残数が少ないままで、補充をしていない。つまりこれは売り切ってしまおうと思っているということ」
そしてレジの近くに置いてある郵便物などの封筒の束を漁ると、迷いもなくその中の一つを抜き出した
「あ、それは…っ!」
つい手を伸ばすが、ひょいと乱歩さんの手元へと遠ざけられる
行き場のない手のことなど特段気にした様子もなく次の言葉を続けていく
「二つ目はこの封筒、僕が来た一週間前から開封した状態でずっと置いてある。封筒の隅が折れ曲がっているし、閉じ口が緩くなっているところから、何度も中身を取り出しては仕舞っている。大事な書類関係、おそらくこれは…契約書」
ごくりと思わず生唾を呑んだ
流れるような展開と何の淀みもなく語る様子は、さながらサスペンスドラマの刑事と犯人
弁解する間も与えられず、じわじわと追い詰められていく
黙って聞いているしかない状況
でもその沈黙が肯定そのもので
緊張感や焦りで心臓が速くて痛い
別に悪い事をしているわけでもないのに…
あぁ乱歩さんはこの推理劇を楽しんでいる
そんな心境を知ってか知らずか、開かれた瞳で私の心中を射抜いた
「この土地を売るつもりなんじゃない?」
不敵に笑うその姿に、ぞくりと背筋が震えてしまう
普段の様子からは想像できない鋭敏さ
それは江戸川乱歩と言う人物の心髄を垣間見たように思えた