第3章 稀代なる名探偵殿
トイレから戻ると、案の定いつもの乱歩さん
安心するようなガッカリするような…
ついでに淹れてきた紅茶のお代わりを差し出すと、「丁度欲しかったんだよね」なんて呑気に大欠伸してるし
目尻に涙が薄っすら滲む様子は、思わずこちらも眠気を誘われ大口を開けてしまいそうになる
すごく眠そうだし暇そう…
この平和で緩い流れに乗って
ずっと疑問に思っていたことが思わず口を衝いて出た
「乱歩さん、その…お仕事は大丈夫なんですか?」
乱歩さんと出会って約一週間
この集落へは“仕事で来た”と言うことしか知らない
会って間もない人に対して仕事のことを聞くのは失礼にあたる気がして触れてこなかったけれど、こう毎日来ていると流石に気になってくる
やっぱりマズかったかなと気が引けたのは一瞬で、意外にもきょとんとした顔で答えが返ってきた
「そうだね、今待たされているところだから」
「待たされているって…?」
「そのままの意味だよ。依頼人がのんびりしていてね」
謎が謎を呼ぶ、とはまさにこの状態
乱歩さんの言葉によって、更に仕事内容が読めなくなった気がする
ヨコハマからこんな田舎まで態々依頼されて来たのに、待たされてるってどんな状況なんだろう…?
「ん…?えっと、どんなお仕事なんですか?」
「人探し、だよ」
にいっと笑った表情は、なんと言うか…とても挑戦的で
自らを名探偵と豪語したあの言葉が、冗談だと思って聞き流していたのに、不意に頭に浮かんでくる
「そう言う訳だから毎日暇で暇で。…だから僕がいる間は辞めないでね」
……?
…辞める?
今、辞めるって言った…?
僅かに動揺した瞬間を見逃さなかった乱歩さんが鋭く瞳を光らせ言い放った
「この店辞めるんでしょ?」