第4章 一寸混ざった、世界のお話
「……知ってるな?」
「勿論知っているとも。私の管轄だった社に置いていたものだからね」
「これは一体何なんだ?」
「鏡だけど?」
「只の鏡じゃあねえだろ?」
中也がそう云うと狸は袖を口に当ててクスクスと笑い始めた。
「君と縁が深いモノ」
「…俺と?」
「そう。でもここからは有料だ」
「は?」
そう云うと狸はスッと立ち上がり庭の方へ歩いていく。
「社を勝手に壊して鏡を動かした者の扶けになる事を私が対価なく行うわけないだろう?」
矢張り、筒抜けか。
中也が此処に来た理由も凡てお見通しで、気紛れに姿を現したであろう狸ーーーいや、妖狐に中也は思考を巡らせる。
こんな得体の知れない存在と取引など軽々しくしていいものではないことだけが、一番に浮かんだのだ。
「……対価は何が要る?」
「そうだねぇ」
訊いてからでも遅くないだろうと踏んだ中也は、ゆっくりと質問を口にした。
太宰と同じ仕草で考えている妖狐をジッとみる。
「君の名前」
「はァ?」
「聞こえなかったかい?君の名が知りたい」
「……。」
名など彼方此方で名乗っている。
対価になどなるのかーーー否。
「手前は教えねェのに俺の名を知りたがるのは何か裏があるのか?」
「ほう…」
妖狐がニヤリと嗤った。
「ふふっ。君は変わらず聡いね」
「俺は手前なんざ知らねェ。俺と誰かとを重ねて話すんじゃァねえよ」
「おやおや。それなら私と君はこれで終いだ」
「は?」
其れは一瞬の出来事だった。
瞬き1つしなかった筈だ。
「なっ…!?」
しかし、中也は草の生えていない地面。
そう、本来の場所である森の中にポツンと座っていたのであった。
慌てて立ち上がって周囲を探る。
結界柱と云っていた石の塊に触れても当然、何も起きない。
そして何よりーーー
「静か過ぎる」
風で揺れる木々の音すらしない、何か重たい気配が支配し始めた静かな森に中也は思わず舌打ちした。
道を迷わせていたのも狐の仕業だったのだろうが、この地を「守っていた」のも間違いなくあの妖狐だったのではないだろうか。
そんな感覚と考えが、手に持ったままだった写真を視るという動作に繋がったのだろうか。
一目見て中也は言葉を失った。
無数の手が、鏡から飛び出ていたのだった。