第4章 一寸混ざった、世界のお話
「……。」
「……。」
目の前に立たれて中也ははっきりと確信した。
自分の知っている太宰ではないことを。
しかし、これ程にも似ている人間がこの世に存在するのだろうかと疑問を抱く程に自分のよく知る太宰と似ているのだ。
恐らく、他の者が見れば明らかに間違うだろう。
常磐緑の着物を着た太宰そっくりな人物も中也をジーッと見てはクスクス笑っている。
敵意はない事だけ、中也は理解する。
「……人の顔ジッと見てねえで、なんか云えよ」
「何かって何だい?」
笑いながら返事をする様に。返事に。太宰がちらついて仕方がない。
「……その姿、何とかなんねェのか?」
「うん?」
「手前、先刻の狐だろ?この世で一番気に入らねえ野郎の姿なんざしやがって何の嫌がらせだよ」
「!」
そう云うと、太宰そっくりな人物は少し驚いた顔をして左手で口元を覆った。
「………成る程。そうきたか」
「…?」
少し考える素振りを見せて、ポツリと呟く。その様子を見ていた中也と目が合うと先程と同じ笑顔に戻る。
「君はその姿が気に入らないと変えることが出来るのかい?」
「……は?」
「例えば、私が君の姿を気に入らないと云えば私の好む者の姿に変わってくれるのかい?」
「……。」
「まぁ、私は変化は得意な方だから君の好む姿に変化してあげてもいいけれど。その代わり君は私に何をしてくれるんだい?」
ニコニコ笑って問う姿なんて太宰そのもののようにしか見えないが、自分の認識が誤っていたことに気付いて中也には帽子を外して頭を下げた。
「悪かった。嫌がらせでその姿をしてるのかと思った」
「余程、私にそっくりな人物が嫌いなようだね」
「……。」
帽子を被りながら無言を貫いていると、先程思い出した話が頭を過った。
「……耳と尻尾が無ェ」
「うん?」
「彼奴の話じゃあ………待て。その前に手前、何も云い返さなかったが本当にあの狐なのかよ?」
「ふふっ。今更な質問だねぇ」
笑顔を絶やさずにそう云うと、太宰そっくりな者は中也の前を通りすぎて玄関に向かう。
「立ち話もなんだからおいで」
「……。」
一瞬だけ躊躇った中也だが、此所が何処か分からないこともあり大人しく着いていくことにしたのだった。