第3章 一寸先の、未来のお話
パタンと閉まって一瞬で静まった部屋に、首領の溜め息の音が拡がる。
「椅子ごと持っていっちゃった」
「直ぐに新しいものを用意致します」
「ーーー中也」
椅子なんかよりも機嫌を損ねる行為を続ける中也に首領が鋭い口調で云い放った。
不機嫌になったことを瞬時に理解した中也は小さく息を吐く。
「仕方ねェだろ。手前はポートマフィアの首領なんだ。他の連中の前で何時も通りするわけにはいかねーンだよ」
「成りたくてなったわけじゃないもん」
むぅ、と頬を膨らませて云うその姿はとても先刻まで首領として君臨していた人間には見えない。
ポートマフィアの首領が代わったーーー
そんな噂が巷に流れ始めたのは武装探偵社の社長交代があったのと同じ頃だった。
『悪魔の申し子』が首領を継いだ、と。
しかし、その情報は不透明で首領を明確な誰と特定出来るモノではなかった。
曰く、甘い笑みを浮かべる美少年。
曰く、下級構成員と同じ格好をしている。
曰く、容赦ない計画を欠伸しながら立てる程の性格の持ち主。
曰く、特徴の無い容姿。
曰く、本物の首領など実在せずに代わる代わる構成員が務めている。
曰く、本物の首領が誰なのかを知るのは幹部のみ。
曰く、歴代最年少且つ歴代最凶最悪の人間。
曰く、男なら誰しも魅了する絶世の美女……。
そう。
外部の人間どころかポートマフィアに在籍していようとも、そう簡単に姿を見ることが出来ないーーー「誰か」を特定できない程の存在として憶測が飛び交う現首領。
それらの噂を操り、存在している人物ーー
太宰紬こそ横濱の裏社会を統べる本物のポートマフィアの首領だ。
「うふふっ。にしてもポートマフィアの首領が『女性』って話を聞いて堂々と殺しに来るなんて」
「暇潰しも大概にしておけよ。護衛する方の身になれ」
「え!首領辞めていいの?!」
「誰が護衛する立場になれっつったよ!?気持ちになれって云ってンだ!」
「護衛なんてしたこと無いから判んなーい」
「はあ…」
先刻の偽首領の一件も凡て紬の仕込みだろう。
否、それ以外考えられない。
この部屋は限られた人間しか入室出来ないのだから。
判っていても心配せずにはいられないのは首領と云う「立場」だけが理由では無いことを、中也は重々自覚していた。
当人には伝わってないらしいが。