第1章 月が綺麗だと嗤えば《中也》
「はあ?」
ヤバい、このままじゃ危ない奴になっちゃう。
頭をフル回転させて、私はしどろもどろになりながら言葉を紡いだ。
『いやっその、私って此処に来るまで田舎暮らしだったんで!街灯が珍しくて!見てみたかったんです!その、もっと、たくさん!』
私がヨコハマとはかけ離れた田舎生まれ田舎育ちだということは、もう周知の事実だ。
カッフェを初めて見たときなんて卒倒しそうになったし、充分この説明で通るはず。
我ながら上手く説明できた、と密かに胸を張っていると、盛大な笑い声が返ってきた。
『な、何で笑ってるんですか!?』
「手前、分かりやすいんだよ。阿保か」
あ、阿保!?
口をあんぐり開けそうになりながら、辛うじて踏みとどまる。
っていうか分かりやすいって、全部バレてるってこと?
慌てて顔を覗き見ると、あからさまに視線がぶつかってしまった。
うわ、目を反らそうとするけど、何となく反らしちゃいけない気がして、見つめ合う。
「手前はそう言うが、俺は賛成しかねるな」
重たげに口を開いた中也さんが、何やら神妙に呟いた。
『何故です?』
ほぼ考える暇もなく口から飛び出した台詞に、中也さんはニヤリと笑みを浮かべた。
「見えんだろ、あれ」
中也さんの顔がゆっくりと上を向く。
ぐいっ、と右手首を掴まれて、私はきゅっと奥歯を噛む。
一緒に空を見上げるどころか、その幸せすぎる感触だけで精一杯だ。
『ど、どれ、ですか』
「目悪かったか?あれだ、ほら、今日は猫の爪痕だ」
私の右手を持ち上げて、夜空に浮かぶ三日月を指差させる中也さん。
猫の爪痕。
確かにそう見えなくもない三日月は、妖しい光を煌々と放っている。
「街灯が増えちまったら、あの月もああは見えなくなるだろうな。だから俺は賛成しかねる」
『そう、ですね…』
いつの間にか離された手首を左手で包み込んでみた。
温かい、むしろ熱い。
中也さんの温度だ、なんて嬉しくなってしまう。
『ちゅ、中也さん!』
「何だ?」
陳腐だ、陳腐すぎる言葉だけど、どうしても伝えたかった。
『月、綺麗ですね』