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《文スト》こんぺいとう

第1章 月が綺麗だと嗤えば《中也》




「疲れた」
『疲れましたね』


街灯がふたりぶんの影を映し出した。


ヨコハマは都会だ。
確かに星は見えづらいけれど、街灯の光は優しげで何だか趣があるように思える。



つい足取りも弾んで、ぼんやりと歩を進める中也さんを追い抜いてしまった。


「手前、本当に疲れてんのかよ」
『疲れてますよ、でも何だか楽しくて』


別に仕事が楽しい訳じゃない。
今日だって人には言えないようなほの暗い仕事をこなしてきたのだ、誰が楽しいと言うだろう。


でも、私は。


確かにこの嵐を忘れて凪いだ海のような、穏やかな時間が好きなのだ。



だから、振り向いて笑ってみる。



そうかよ、とだけ返した中也さんの顔は暗がりのせいで、細かくは見えなかった。



悔しい、此処に街灯があればはっきりと見えたのに!



『中也さん』
「何だよ」

『…街灯の数を増やしてくださいって、何処で頼めるんでしたっけ』


はあ?
今度は表情を見なくたってわかった、絶対に眉間に皺が寄っているはずだ。



次の街灯が近づく、さーん、にーい、いーち。



ほらね、やっぱり。

ご丁寧に腕まで組んで、どうやら真剣に悩んでいる様子だ。



「そりゃァ…、ご意見箱ってヤツじゃねえの」
『ご意見箱、とは』
「ほら役所とかにあんだろ、何かしら」


役所かあ。


職業柄、あまりそういう所には行きたくない。


不意に黙った私が思っていることを察したのか、中也さんはゆっくりと歩を進めながらため息をついた。



「待て、いきなり街灯って何だ?」
『いや反応遅くないですか』
「…ッたくうるせェな、云えよ」



危ない、このままじゃ機嫌が悪くなる。


まさか貴方の顔がよく見たくて、なんて云えない。



私は悩んだ末、愛想笑いを浮かべた。




『が、街灯がっ!好きなんですっ!』




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